雑誌、AR、ネット通販、アプリ開発のプレイヤーが考える「アプリで稼ぐ方法」Open Mobile Summit London 2012

» 2012年06月06日 20時27分 公開
[末岡洋子,ITmedia]

 スマートフォンの普及に伴い、モバイルアプリの市場が急速に拡大している。アプリ開発の分野には大きな注目が集まっているが、アプリの収益化については、頭を抱える企業も多い。5月30日まで英ロンドンで開催された「Open Mobile Summit London 2012」のパネルディスカッションでもこのテーマが取り上げられ、熱い議論が交わされた。

 ディスカッションに参加したのは、Amazonでアプリストアの担当ディレクターを務めるアーロン・ルベンソン(Aaron Rubenson)氏、AR(拡張現実)アプリの開発で知られるLayerのレイモ・バン ダー クライン(Raimo Van der Klein)氏、「Esquire」「ELLE」などの雑誌を出版するHearst Magazinesで執行バイスプレジデント兼ゼネラルマネージャを務めるジョン・ローリン(John Loughlin)氏、米コンテンツプロバイダ Bottle Rocket Appsの社長を務めるカルバン・カーター(Calvin Carter)氏の4人。パネリストは欧州版TechCrunchエディターのマイク・ブッチャー(Mike Butcher)氏が務めた。

Photo 左からAmazonのルベンソン氏、Layerのクライン氏、Hearst Magazinesのローリン氏、米コンテンツプロバイダBottle Rocket Appsのカーター氏、TechCrunchのブッチャー氏

「顧客と継続的にエンゲージする手段」が収益化のカギに――Amazonのルベンソン氏

 ディスカッションに登場した企業の中でも、特にモバイル分野の取り組みを強化しているのがAmazonだ。Kindle Fireでタブレットに本格進出を果たし、Android端末向けアプリストアの「Amazon Appstore for Android」も開始。Amazonのルベンソン氏はAmazonの戦略として、「本などのリアル製品のオンライン小売業からスタートした当社だが、メディア業界のデジタル化を受けてデジタルにも事業を拡大する」と話す。

 事業戦略を立てる上で重視したことは、“デジタルコンテンツのエコシステムを構築する”ことだったと同氏。アプリストアの展開もタブレットの投入も、その戦略に沿ったものだという。「Kindle Fireは製品としても優れているが、メインの設計目的は“メディアエコシステムへの入り口”となること。デジタルメディアの認知度を高め、利用を推進するものという位置づけ」(同氏)。実際、Kindle Fireユーザーのメディアへのエンゲージ率は高く、この戦略は成功しているようだ。なお、調査会社のDistimoは、Kindle Fireの投入後2カ月でAmazon Appstoreのダウンロードが投入前の14倍増加したと報告している。

 アプリストアを統括する立場からルベンソン氏は、アプリ開発者が収益を得るためには、「継続的に顧客とエンゲージする手段が必要」と指摘する。ダウンロード時に課金するタイプの有料アプリは「継続的に顧客と関係を持つことが難しい」といい、「全体のトレンドとしてはアプリ内課金にシフトしている」とまとめた。

リアルとデジタルの連携も収益化の武器に

 Amazonはオープン当初からGoogleのGoogle Play(Android Marketplace)のようなアプリ内課金についての制限を設けず、これが一部の開発者を引きつけた。3月にはアプリ内課金を正式にサポートし、収益分配などのルールを設けた。Bottle Rocket AppsはAmazonのアプリ内課金に満足している1社だ。

 「Amazonの強いところは小売業の経験があり、小売を理解していることだ」とカーター氏。同社は50種類以上のアプリを提供しているが、モバイルアプリの指標ともいえるゲームでのAmazon Appstoreの売り上げは、Google Playの3〜5倍に達しているという。カーター氏はAmazonの強みとして、リアルの製品とデジタルグッズを組み合わせて販売できる点も挙げる。Amazonのルベンソン氏は、アプリ内課金に正式対応した最初の1カ月で70万ドルを売り上げたと報告する。

 20種以上の雑誌を出版するHearst Magazinesは、電子版とアプリの2本柱でデジタル戦略を展開する。アプリはAppleのApp StoreやGoogle Playなどの主要アプリストアで有料で公開しており、有料顧客の数は安定した成長を見せているとローリン氏。2010年9月には3万人だった有料顧客数は1年後には30万人になり、現在では70万人に達しつつあるという。

 アプリについては雑誌別だけでなく、目的を切り口にした単独アプリも展開している。例えばティーンエイジャー向けの「Seventeen」などでは、ショッピングシーズンに合わせたガイドアプリを用意し、編集長のピックアップでショップにリンクを張るような取り組みも行って収益化を図っている。

 スマートフォン向けARサービスの草分けともいえるLayerは、Android/iPhone向けアプリを提供しており、そのダウンロード数は2000万超に達している。Layerのプラットフォーム向けにサービスを開発する開発者も1万5000人以上を数えるという。この分野では先駆者的存在の同社だが、Layerのクライン氏は「ここ2〜3年、ARで収益を上げるにはどうすればよいかという問題に直面した」と明かす。「AR技術そのものに大きな価値があると思っているが、ユースケースがなかった」(クライン氏)。

 検討を重ねた結果、同社がフォーカスしているのは雑誌との連携だ。美しい写真やさまざまな情報を売り物とする雑誌だが、紙ではそこから先に発展させるのが難しい。読者が紙面を飾る商品やその価格などに興味を持ったとしても、すぐにアクションを起こせるとはかぎらないからだ。そこでLayerのプラットフォームを利用して雑誌社がその上にレイヤーを作り、ページ上にデジタル情報を提供できるようにした。紙の雑誌とARを連携させ、そこから直接商品を購入できるようになれば、「雑誌がショッピングウィンドウになる」とクライン氏。すでにオランダのインテリア雑誌と組んで、より詳細な家具情報の提供や情報共有などのサービスを展開しているという。

アプリ内課金で成功するには「まず、高品質のすばらしいコンテンツを無償で提供すること」

 収益化に向けた有効な手段としては、アプリ内課金が挙げられるが、米Bottle Rocket Appsのカーター氏は注意点もあると話す。「顧客は最初から有料グッズを購入したり、有料機能を使おうとは思わない。最初に使ったときに印象に残るようにすることが大切。シンプルで分かりやすいアプリなら、顧客は戻ってくる」。顧客が最初にアプリを使ってみるのは25秒から1分程度で、それまでに印象づけることが重要だという。最初の難関をクリアし、2回、3回と戻ってくるようになると、顧客はもっと複雑なことをやってみようと思うようになり、ここに「マネタイズのチャンスがある」というのが持論だ。

 これにはAmazonのルベンソン氏も同意し、「ダウンロードから(最初の購入まで)数週間のサイクルをみておく必要がある」と述べる。ルベンソン氏がもう1つ強調したのが「ストーリー性」だ。「ストーリー性のあるアプリは、顧客がエンゲージしやすい。マネタイズしやすく成功している」(ルベンソン氏)。アプリストアを展開してから分かったこととして、「まずは高品質のすばらしいコンテンツを無償で提供する。コンシューマーはブランドやコンテンツに好感を持って繰り返し利用するようになり、課金が可能になる。ライフサイクルを通じてのマネタイズだ」と述べた。だが、「これは簡単なことではない」と付け加えている。

 ディスカッションには、世界で最も成功しているモバイルアプリ「Angry Birds」のRovio(フィンランド)の話も挙がった。Rovioがぬいぐるみなどのグッズ販売やアミューズメント施設に進出したことについて、Bottle Rocketのカーター氏は「リアルの世界での事業展開は、コンシューマーがゲーム以外でキャラクターを認識する方法。(コンテンツ業界のブランド認知を成功させるには)リアル世界での展開が必要だ」と述べた。

 有料アプリ、アプリ内課金以外のビジネスモデルについては、広告モデル、スポンサーアプリなどが挙がった。Heartsのローリン氏は「将来的にはインプレッション保証型モデルも考えられるだろう」と話すが、これらは「まだ開拓が必要な分野」という見方だ。

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