第2回 課題も多いHTML5、それでも本格採用に踏み切る企業の思惑なぜ今、HTML5なのか――モバイルビジネスに与えるインパクトを読み解く(1/2 ページ)

» 2012年08月09日 15時28分 公開
[小林雅一(KDDI総研),ITmedia]
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 第1回の連載で解説したように、様々な問題が足を引っ張っているため、一気にHTML5がIT関連業界の全体に普及するまでには至っていない。特に日本企業の多くは、現時点ではHTML5については調査段階でしかなく、今後実際に活用していくかどうかを測りかねている状況だ。

 しかし、それでも最近、ポツポツとではあるが、日本のコンテンツ業界でもHTML5を導入するケースが生まれ始めた。その一つが書籍や雑誌、あるいはパンフレットやカタログなどをデジタル化する電子出版だ。これまで日本の電子出版物は、AppleのiPad向けのネイティブアプリとして提供されることが多かった。これを今、HTML5を使って、Webアプリ化する動きが目立ち始めている。

大きいコストメリット――「HTML5で開発コストを5〜6割以上も削減できる」

Photo HTML5を採用したボイジャーの読書システム「BinB」

 ボイジャー(本社:東京都渋谷区)が昨年12月にリリースした「BinB」もその一つだ。この商品名は「Books in Browsers」の略称で、文字通りブラウザから電子書籍を読むためのビューワーである。そこで読まれる電子書籍(コンテンツ)は、HTML5を使って制作されるか、あるいはPDF、.book、EPUB3などのフォーマットで、あらかじめ制作された電子書籍をHTML5フォーマットに変換したものだ(この変換はBinBというシステムが自動的に行う)。

 同社が敢えて電子書籍のWebアプリ化に踏み切った最大の理由は、開発コストの問題である。前述の通り、仮に電子書籍をネイティブアプリ化した場合、iOSやAndroid、Windows Phoneなど各プラットフォーム(OS)に向けて個別にコンテンツを作りこむ必要に迫られるので、全体の開発コストは膨大なものになる。このあたりの事情を、ボイジャーの関係者は次のように語る。

 「読書ビューワーをネイティブアプリ化した場合、開発工数の面で恐らく間に合わないだろうと思っている。特に(異なる機種ごとにOSの仕様が分裂している)Androidでは、ソフト開発の対象機種が多過ぎる。仮に300、あるいは400機種に向けて(個々にビューワーソフトを)デバッグしなくちゃいけないという状況が年に4回発生したとすれば、その規模では当社で(製品を)提供し続けられないと思う」(ボイジャー取締役 企画室長の鎌田純子氏)

 こうした問題を回避する手段として同社は、BinBというWebアプリを提供することにした。電子書籍のビューワーをネイティブアプリからWebアプリに切り替えることで、システム全体の開発コストはどの程度まで削減できるのだろうか?

 「はっきり工数という形では表現できないが、体感ベースでは半分から3分の1くらいまでには抑えられた」(ボイジャー執行役員・開発部長の林純一氏)

 これは同社だけの感触ではない。同じくHTML5を使って、商品カタログやフリーペーパー、企業の会報誌などをWebアプリ化する企業向けシステム、「スプレッサー」を開発した凸版印刷の関係者は次のように語る。

 「ネイティブ・アプリからWebアプリに切り替えることで、それまでの受託開発にかかるコスト(工数)を5とすれば、これを1.5〜2までに落とすことができる。特に検証にかかる時間が激減する」(凸版印刷・情報コミュニケーション事業本部 デジタルコンテンツソリューションセンター 事業開発部の新納大輔氏)

 つまり両社の意見を総合すると、HTML5によって開発コストを50〜60%以上も削減できる。前述の通り、Webアプリ(HTML5)は様々な問題を抱えているが、それでも敢えてこれを導入した理由が、こうした劇的なコスト圧縮にある。その一方で、やはり性能面などの問題も感じているという。

 「(Webアプリはネイティブ・アプリに比べて)確かに動きは遅い。しかし(BinBのような)本の閲覧程度なら、ユーザーから見て問題はないと思う。(Webアプリ化すれば)スピードは遅いが、スマートフォン、タブレット、電子ブックリーダー、PCなど全端末で読めるという利便性がある。つまり利便性かスピードかという選択肢において、弊社は利便性をとった」(ボイジャーの林氏)

 林氏によれば、ボイジャーはほぼ1年前からBinBの開発に取り組んできたが、その期間だけでもWebアプリ(HTML5)の実行速度は確実にアップしているという。このペースでスピードが改善されるのであれば、いずれは問題にならなくなると見ている。

 同氏から見て、もう一つ気になる点は、オフライン時、つまりインターネットから切断された状況での使い勝手だ。HTML5には「Webストレージ」を始めとするオフライン機能が用意されている。この機能を、BinBのようなWebアプリに導入すると、地下鉄車内のように電波が届かないところでも、タブレットやスマートフォンなどからWebアプリを使い続けることができる。それはHTML5のオフライン機能によって、電子書籍のようなコンテンツやデータ、さらにプログラムコードまでが、一時的にモバイル端末の記憶装置にキャッシュされるからだ。しかし、このキャッシュ容量が現時点では不十分であるという。

 「BinBでもWebストレージ機能を使っているが、キャッシュの上限がiOS系の端末だと60Mバイトくらいしかない。Android系の場合、上限は端末によってマチマチだが、iOS系とそれほど大差があるわけではない。この程度の上限だと、テキスト主体の書籍であれば、(ブラウザ内に)丸ごと1冊ダウンロードして読める。しかしコミック1冊ダウンロードするには120Mバイトくらい必要なので、今の上限では無理」(林氏)

 こうしたキャッシュ上限は、W3Cが標準化を進めているHTML5の公式仕様として定められているわけではなく、AppleやGoogleなどブラウザメーカーが恣意的に決めているに過ぎない。従って今後HTML5が普及し、オフライン機能への需要が高まれば、必然的にWebストレージのキャッシュ上限も引き上げられるだろう。

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