個人の生活からビジネスまで、さまざまなシーンでリアルとインターネットの垣根が取り払われつつある。スマートフォンの普及も追い風になり、インターネットの中だけの消費活動やサービス提供から、リアルの店舗・施設と連携した形へと急速に変化しているのだ。O2O (Online to Offline、ネットの情報と実店舗への集客や購買を連携させる取り組み)という言葉が、現実の世界の中に浸透しつつある。
そのような中で、ソフトバンクと、アメリカの決済サービス会社PayPalが戦略提携を発表。グローバルモバイル決済ソリューション「PayPal Here」を軸に、ネットとリアルを結ぶ新たな決済サービスを展開していく方針を発表した。
ソフトバンクはPayPalとの提携で、どのようなビジネスやサービス展開を目指すのか。そのメリットと波及効果はどれほどあるか。ソフトバンクモバイル 常務執行役員 商品統括の喜多埜裕明氏に、ジャーナリストの神尾寿が話を聞いた。
――(聞き手 : 神尾寿) 私はおサイフケータイが始まったときから、電子マネーやクレジットカードのビジネスを取材してきました。今回、PayPalとの提携でソフトバンクは従来のコンテンツ課金だけでなく、リアルな決済市場に本格的に参入されます。そこで、その戦略や取り組みについておうかがいたいと思います。
最初に、ソフトバンクとPayPalが戦略提携について、ソフトバンク側の狙いや背景をお聞かせください。
喜多埜裕明氏 大きな狙いとしては、O2Oに向けての狙いがあります。(ソフトバンク社長の)孫がいつも申し上げているように、我々のテーマとして「情報革命」があり、スマートフォンの時代になって、そのビジネスはモバイルに広がってきています。
O2Oということで言いますと、すでに「Yahoo!」で検索した情報から、飲食店など店舗にお客様が向かうという原初的な送客は行われています。今やリアルな街の情報をネットで調べてから行動するというのは、ごくあたり前に行われているわけですね。
しかし、このようにネットから送客しているだろうという感覚は(インターネット企業として)持っていても、それがリアルのビジネスに本当に貢献できているのかとか、その先のところまでは今までは分かりませんでした。そこでソフトバンクが決済ビジネスに参入することによって、さまざまな店舗と消費者にとってメリットのあるサービスが作れるのではないか。我々にとってのビジネスチャンスもあると考えて、PayPalとの戦略提携を行いました。
―― なぜ、アメリカのPayPalを選んだのでしょうか。
喜多埜氏 いくつか要因があると思っています。ひとつはPayPalが、オンラインの決済ビジネスで圧倒的な取り扱い量を誇っていること。その点で親会社が(eコマース大手の)eBayであることも、重要なポイントでした。あとは信頼性ですね。PayPal Hereのような簡易なカードリーダーを作っているところは何社かあるのですが、信用情報を扱うので、しっかりしたところと組む必要があった。
そして、もうひとつの理由があります。スマートフォンを活用したクレジットカード決済として、アメリカではSquareの実績が上がっています。アメリカでPayPal HereとSquareは競争関係にあるわけですが、このようにライバルと切磋琢磨している企業と組む方がいいのかなと思いました。
―― おサイフケータイの電子マネーでの取り組みでは、ドコモが三井住友カードと提携して「iD」を立ち上げました。国内でアクワイアリング(加盟店開拓)のノウハウがあるカード会社と組む、という選択肢は考慮されなかったのでしょうか。
喜多埜氏 今回、僕らが営業をかけていきたいところは、既存のカードリーダーが入っていないところです。カード会社さんが営業をかけても、端末が高すぎるとか、回収までの期間が長すぎるとかで端末を入れてくれないようなところなわけです。考え方を新しくやっていかないと突き進めないだろうということも含めて、(既存のカード会社ではなく)PayPalとやるのがいいという決断をしました。
―― しかし未着手市場に挑戦するといっても、加盟店開拓は必要です。アクワイアリングをどうするのか。PayPalはアクワイアリングの機能を日本に持っていませんよね。
喜多埜氏 持っていません。具体的には申し上げられませんし、将来的にどうなるかは分かりませんが、別のところと組んでやるということになります。
―― まったく新しい組織としてアクワイアリングの組織が立ち上がって、そこにはソフトバンクもコミットメントしていくのですか?
喜多埜氏 いえ、そのハンドリングはPayPal側がやります。
―― 加盟店開拓の目処や目標などはあるのでしょうか。
喜多埜氏 データソースが色々あるのでどれが本当か分かりませんが、今、クレジットカードを使えるお店は、だいたい100万件くらい、使えないお店は300万件強だとみています。ターゲットとしているのは、この300万件強のリアル店舗に加えて、店舗を構えずデリバリーでビジネスをしている業種・業態になります。ですので、(加盟店規模として)400万から500万件くらいのポテンシャルがあると思っています。
今回、PayPal Hereの端末を1200円で販売させていただき、決済手数料は5%と設定させていただきます。この手数料率の評価はさまざまでしょうが、できるだけ早いうちに(加盟店を)数十万件規模にまでもっていきたい。中長期的には、加盟店規模は100万を目指します。
―― それだけの新規加盟店を開拓するとなると、消費者の非現金取引がどれだけ増えるかも重要になります。日本はアメリカなどに比べて現金決済が多く、クレジットカード利用率が低いわけですけれども、今後、日本でもカード利用率が変わっていくと考えていらっしゃるのでしょうか。
喜多埜氏 変えていきたいと思っています。そもそも、現金だと500円払うと今500円がなくなるわけですが、カードだと支払いは先になりますよね。また、各社がポイントを付けていますので、メリットは現金より大きいはずなんです。世の中の人々は節約のためにあの手この手といろんな方法を考え出し、ハウツー本なども売れるわけですよね。それなのに、どうしてメリットのあるクレジットカードを使わないのか。そういったことをしっかり訴えかけたい。
また、日本の治安も悪くなっています。お財布に現金を入れているより(クレジットカード利用の方が)安全という面でも訴えることができるかもしれません。クレジットカードを使った方がお得な部分を色々出していきたいと思っています。
PayPal Hereには二通りの使い方があります。一般的にはスマートフォンにカードリーダーを差してクレジットカードを読み取る方法ですが、それ以外にユーザー(消費者)側のアプリもあって、これを利用すればカードリーダーを使わなくても決済ができるのです。そして、そのアプリで自分の購入履歴も分かる。さらに店舗側からクーポンやポイントを出したりできます。そうすると「現金よりずっといいぞ」と思われるようになるんじゃないかと。
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