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» 2004年08月16日 19時44分 UPDATE

津田氏とドコモ中村社長が交わした「最後の会話」

「本日、私はボーダフォンの津田に生まれ変わりました――。」記者会見の席で、晴れがましく新社長就任のあいさつを行った津田氏。その3日前には、ドコモの中村社長に辞任の意向を伝えていた。

[新崎幸夫,ITmedia]

 「本日、私はボーダフォンの津田に生まれ変わりました――」

 8月16日、ボーダフォンは新社長に津田志郎氏を迎える人事を発表した(8月16日の記事参照)。冒頭のコメントは、その津田氏が晴れがましくあいさつをした際のセリフだ。

Photo ボーダフォンの新社長に就任する津田氏。「『事業は人なり』と考えている」

 しかし、この記者会見が開かれるわずか3日前には、津田氏はドコモの中村社長にグループを抜ける意向を伝えていた。一時は“ドコモの次期社長か”ととりざたされた津田氏と、実際に社長に昇格した中村氏(5月14日の記事参照)。2人の間でどんなやりとりがあったのか。

中村氏の夏休みに届いた、一通のメール

 津田氏は、今回の転身のきっかけとして「6月末に接触があったと記憶している」と話す。

 「その際、(ボーダフォンの取締役会議長の)ブライアン・クラークさんにもお目にかかった。しかし“ビジネスに対する基本姿勢が合うか”という問題があるので、ギリギリまで(就任要請を受けるかどうか)ジャッジに時間をかけた」

 結果として、津田氏はボーダフォンの社長になることを選択。約1カ月半後の8月16日、同氏はボーダフォンに入社すると同時に、今回の記者会見に臨むことになる。

 だが、その前に前職である「ドコモエンジニアリングの社長」というポジションを辞する必要がある。この辞表を提出したのは、実に先週の12日のことだったと津田氏は明かす。

 「意図したわけではないが、ちょうどお盆の時期。(親会社であるドコモの)中村社長も夏休みで、すぐには連絡をとれなかった」

photo

 このため津田氏は、中村社長(右写真)にメールを投げたという。翌13日、中村社長に面会した津田氏は、そこで辞任の意思を告げる。

 「その時点では、どこへ行くかまでは話していなかった。しかし、(中村氏も)想像はされたかと思う」

 これからは同じ通信業界でやっていくことになるので、互いに頑張っていこう――そんな会話を交わし、2人は別れたという。

中村社長へ「ひとこと」

 会場では、津田氏から中村氏へひとことコメントしてほしいという要望も出た。これに対し津田氏は、「それは控えたい」と話す。

 「ただ、中村社長と私の違いがあるとすれば、私は技術出身だということだ」。経営者は技術の知識にばかり偏っても、それ以外に偏ってもダメだが、携帯の業界ではテクノロジーを無視していては優れた経営は難しいと主張する。

 「グローバルな技術では、放っておくと追い越されたり、置いていかれたりするおそれがある。そうならないためには、技術を正確に把握しておく必要がある」

 ドコモの中村社長は、主に業務畑を歩んだ人物であり、営業面のリーダーとして活躍したと伝えられる。その中村氏が率いるドコモに対し、ボーダフォンのトップに立って対抗する津田氏の、技術者としての自負と誇りが感じられた。

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