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» 2016年12月08日 06時00分 UPDATE

「アクセスカウンタ」と「キリ番」の思い出

「あなたは○○○○○人目の訪問者です」――インターネットがまだまだ牧歌的だった頃のアクセスカウンタとキリ番のお話。

[上田啓太,ITmedia]
オレの知ってるネットと違う

 1999年頃のホームページには「アクセスカウンタ」が置かれていた。誰かが訪問するたびに1増える。とても素朴なカウンタである。現在でもたまにブログなんかで見かけるが、やはり存在感は低下したように思う。あの頃は、アクセスカウンタがものすごく重要だった。

 素人ページ制作者は、アクセスカウンタの数字に一喜一憂していた。今回はその頃のことについて書いてみたいと思う。とくに、「キリ番」という不思議な文化について書くつもりである。

過去の“ホームページ”に関する話

ライター:上田啓太

上田啓太

1984年生まれのブロガー。京都在住。15歳のときにネットに出会い、人生の半分以上をネットとともに過ごしてきた男。

個人ブログ:真顔日記 Twitter:@ueda_keita


カウンタの数字が増えるだけでうれしい

 カウンタの数字が増えていくことを励みにページ制作をする。そんな初心者は多かった。「誰かが見に来てくれた」ことの分かりやすい証拠になるからだろう。

 私も、はじめて作ったホームページに当然のようにカウンタを置いていた。大抵、最初にカウンタを設置するのだ。掲示板やチャットに比べて設置が簡単だからだろう。カウンタの最初の数字はもちろん0である。取りあえず自分でアクセスしてみる。すると1に変わる。それだけでオオッと思う(初心者は何にでもおどろくのだ)。

 カウンタは、タイトルロゴの直下に置いていた。まさに「主役」の位置だ。

 あなたは000013人目の訪問者です

 全然人が来てないのに、カウンタのケタ数は妙に多い。それはご愛嬌だった。当時から「そんなに人来ねーだろ」というツッコミは入っていた。「カウンタの大半を自分でまわしました」という自虐ネタもあった。素人のホームページにはあまり人が来ないから、こういう自虐ネタも発達していたのである。

 それでも、「カウンタの数字が日々増えていく」ことはうれしかった。キリのいい数字は、ページ運営における1つの記念になった。例えば100人目、500人目、1000人目というふうに、節目の数字をすぎるとうれしい。そこで出てきたのが「キリ番」という発想だった。

「キリ番」を報告する文化

 ある訪問者がキリのいい数字を「踏む」。そのことを掲示板やメールで報告する。すると管理人は、「キリ番」を踏んだ人の名前をトップページに記録する。そんな文化があった。

 個人ホームページには、キリ番を踏んだ人の名前がズラリと並んでいた。当時は変なハンドルネームの人もウヨウヨいたから、それはもうカオスな光景だった。

 100人目の訪問者 昆布さん

 200人目の訪問者 マゲ夫さん

 300人目の訪問者 KAZUHIKOさん

 400人目の訪問者 ヤンヤンさん

 500人目の訪問者 管理人(TдT)

 例えばこんな感じである。ここでは記念すべき500の数字を管理人が踏んでいる。よって管理人は泣いている。自分のホームページのいちばんの訪問者は自分だ。この残酷な現実によって、このような悲劇も起きていたわけである。「キリ番を自分で踏んでしまった」というのも、当時よくあった自虐ネタなのだ。

 さて、上の例ではいろいろなハンドルネームを登場させてみたが、こんなに多くの人がキリ番を報告することは珍しかった。大半のホームページは数人の常連客でまわっていたし、キリ番をいちいち報告する律義な常連となると、あまりいなかったのである。当時よく見たのは、むしろ、一人の人間がキリ番を踏みまくっている姿だった。

 100人目の訪問者 昆布さん

 200人目の訪問者 昆布さん

 300人目の訪問者 昆布さん

 400人目の訪問者 昆布さん

 500人目の訪問者 昆布さん

 こんな光景をいまでも覚えている。律義な昆布さんが異常にアクセスし、異常にキリ番を踏み、いちいち掲示板に報告する。そして管理人は、トップページにひたすら昆布さんの名前を記録している。結果、トップページは昆布だらけ。非常にシュールな状況である。

 これは当時、私が実際に見た光景だ。律義な昆布さんのおかげで、海藻が揺れているだけのページが生まれていた。あれは今でも思い出すと笑う。誰が悪いわけでもないんだが、管理人も納得はしてなかったんじゃないのか。自分のページが昆布だらけなんだから。

「踏み逃げ禁止」という過激思想

 私は「キリ番とかいちいち報告しねーよ」という立場だった。面倒だからだ。そういう人も結構いた。ということで、「キリ番を踏んだ人が報告しなかった」という問題も起きていた。

 例えば、カウンタが1004になっていることに管理人が気付き、1000を踏んだ人の報告を期待して掲示板をみる。しかし1000を踏んだ人間は名乗り出ていない。記念すべき1000を祝いたいのに、アクセスが4ケタになった記念碑的瞬間なのに、踏んだ当人が分からない。これじゃ素直に祝えない。なぜキリ番を踏んだのに報告しないんだ!

 こんなものは、「踏み逃げ」じゃないかッ!

 そんな思想の人もいた。私はこういう人のことを「過激派」と呼んでいた。いくらなんでも無理があると思ったからである。そりゃ報告しない人だっているだろう。義務付けるのは無理がある。

 しかし過激派の人は、トップページにも「キリ番の踏み逃げ禁止」と明記していた。こうなると、ほとんど「食い逃げ」や「ひき逃げ」に似たひびきになってくる。キリのいい数字を踏んだことを報告しなかっただけで犯罪者あつかい。まさに過激思想たるゆえんである。

 多分、それだけアクセスカウンタに感情移入していた人が多かったのだろう。今じゃよく分からない文化になりつつあるが、「踏み逃げ」なんて言葉が生まれるほど、カウンタの数字は重要なものだったのだ。

そして「アクセス解析」へ

 ページ制作の初期は、カウンタの数字に敏感に反応している。しかし慣れてくると、数字が増えるだけじゃ物足りなくなる。そこで出てくるのが「アクセス解析」だった。

 アクセスカウンタよりも高機能で、訪問者のさまざまな情報が分かる。そのぶん、妙な中毒性もある。一時期の私はこの毒にやられて、アクセス解析ばかり見ていた。「見たくないのに見てしまう」という状態だった。これについては、また次回書くことにしよう。

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