進化を続けるモバイル向けUIの最前線──シリコンバレーで見た未来(後編)(1/2 ページ)

» 2009年02月16日 19時30分 公開
[小林雅一(KDDI総研),ITmedia]

 モバイルコンピュータの先駆けであるiPhoneを契機に、第2次UI革命とも呼ぶべき潮流が形成されつつある。人と情報機器の関わり方を規定するユーザーインタフェース(UI)は、1960年代に開発されたマウスやGUI(Graphical User Interface)によって劇的に変化したが、それが1980年代から1990年代にかけて定着して以降、今日まで基本的に変化していない。

 しかしコモディティ化したPCに代わって、モバイル端末へと商品開発の重心が移行しつつある今、屋内の使用環境を想定した従来のGUIでは限界が見えている。これに対処するために、タッチパネルやペン入力、音声認識、自然言語処理など、これまで長い研究開発の歴史を持ちながら、あまり普及しなかった要素技術が、再び注目され、本格的に導入されようとしている。また、これらを土台にして、新しいUIとコンピューティングスタイルが模索されている。

Ubiquityに見る“Activity Based Computing”時代のUI

 基本的に室内で利用されるPCと、広く多彩な生活空間で利用されるモバイルコンピュータとの違いは何だろうか? それは、後者では情報処理(コンピューティング)の対象や範囲が飛躍的に拡大することだ。つまりワープロや表計算に代表される机上の情報処理(Desktop Computing)から、社会空間における人間のあらゆる活動を支援する情報処理(Activity Based Computing)へ――。この方向へとUIの研究開発は舵を切り始めている。その一例が、Mozilla Labを中心に活動する研究者エイザ・ラスキン氏による、「Ubiquity(ユビキティ)」というプロジェクトだ。まずは、そのデモをご覧頂こう。

 デモから見て取れるように、UbiquityにおけるUI(操作方法)の基本は言語である。ユーザーはまずワンタッチのキー操作で、PCのディプレイの左上に黒いサブスクリーンを表示する。あとは、そこに自分のやりたいことを、どんどん言葉で書き込んで行く。この命令に従って、システム側はWebサイトを素早く切り替えたり、現在の気温をセ氏で表示したり、カーソルで選択した部分をアラビア語に翻訳したりと、言わばロボットのように従順・迅速に仕事をこなす。

 その面目躍如たるところは、デモビデオの終盤で示された作業だ。ラスキン氏が、あるWebページの写真とキャプションをカーソルで選択し、「これをジョノにメールしろ」と命令すると、素早くメール送信画面に切り替わるが、すでにその宛先にはジョノ氏のメール・アドレスがインプットされ、メールには写真とキャプションが添付されている。つまり、ある目的を遂行する上で、それに伴う煩雑な作業をシステム側が一手に引き受けてくれるので、ユーザー側では、ただやりたいことを「やれ」と言えば済む。これがUbiquityの基本コンセプトである。

 これに対しては、もちろん疑問や反論も存在するだろう。例えば「時代が逆戻りしている」という見方だ。つまり黒い画面に、次々と文字で命令(コマンド)を打ち込んで行く様子は、1980年代のMS-DOSのような旧式のUIを想起させる。要するにGUIが発明される前の時代に逆行しているのではないか、ということだ。この懸念に対しラスキン氏は「昔のコマンドは、例えばdir、df、psのように、エンジニアにしか理解できないような節約語(parsimonious command)だったが、我々が今提供しているのは、もっと自然言語に近いコマンドだ」と答える。

 同氏が「自然言語に近い」と断っているように、Ubiquityで使われるコマンドは本当の自然言語ではない。それはユーザーがあらかじめ、一種のスクリプト言語を使って編集したプログラム(各種機能)に対し、自然言語のような表現(コマンド)を1対1にひも付け(mapping)したものに過ぎない。これらのコマンドはPC(クライアント)側ではなく、インターネット上のWebサイト(サーバ)側に保存される。そこには沢山のユーザーが編集した無数のコマンドが蓄積され、データベース化されているので、大抵のコマンドなら新しく作らなくてもすでに用意されている。したがって、ユーザーは多くの場合、まずUbiquityのサイトにアクセスし、そこにあるデータベースから何らかのコマンドを自らのPCに登録(subscribe)するだけで使える。

モバイル端末に適した“人間が発する言葉”による操作

 実はUbiquityとよく似たシステムは、ほかにもいくつか存在する。例えばMac OS Xのユーティリティソフトである「Quicksilver」や、Windows向けに開発されたフリーソフトの「bluewind」などがそれに該当する。いずれも、ユーザー自身が「あればいいなあ」と思うようなコマンドを、簡単に編集する機能を提供している。

 では、これらとUbiquityの違いは何かというと、1つにはサーバ・クライアント方式であるか否か、という点が挙げられる。Quicksilverとbluewindは、いずれもPC内部で閉じたシステムなので、Ubiquityのようなインターネットを介しての集合知的アプローチが利用できない。したがってシステムの発展性については自ずと限界がある。

 しかし、それ以上に大きな違いは、その開発目的にある。つまり「目指す場所」が違うのだ。Quicksilverやbluewindの場合、それが使われる目的は、単なる作業プロセスの短縮化である。PCの操作に長けた人間が、しばしばGUIのプルダウンメニューの代わりにショートカットキーを使って、ぱっぱと仕事を済ませてしまうのと同じことだ。このショートカットキーに相当するコマンドを、ユーザー自らが創作するための機能、言わばPC上級者向けに手続きを短縮する機能が、Quicksilverやbluewindなのだ。

 Ubiquityも現時点では、これらと実質的に同じなのかもしれない。実際、Ubiquityに関して書かれた記事やブログのエントリーなどを読むと、これを「上級者向けの、効率的なWebブラウジングを実現する機能」と見る論評がある。しかし問題は現在の姿ではなく、「最終的に何を目指しているか」なのだ。これを知る上でラスキン氏に、「将来のUIはどのような姿になるだろうか?」と尋ねると、次のような答えが返ってきた。

 「今後10年間で情報機器の主流は、従来の据え置き型PCからモバイル端末へと大きくシフトするだろう。それにともない、これからのUIはGUIから徐々に離脱し、自然言語を軸とする『仕事中心の情報処理(Task Centric Computing)』へと変化して行くだろう。(その先駆けとも言える)UbiquityのようなUIは、据え置き型のPCよりもモバイル端末に適している」(ラスキン氏)

 要するにラスキン氏が最終的に目指すものは、自然言語に「近い」コマンドではなく、本当の自然言語、つまり人間が発する言葉でモバイル端末を操作することなのだ。そこには情報処理のスタイルが、これから根本的に変化するというビジョンが存在する。すなわち従来のPCを中心とする情報処理は、個別のアプリケーションを基本とするスタイル(Application Based Computing)であった。ユーザーは何かの仕事を成し遂げるために、「まずはWebブラウザを立ち上げて情報を集め、次に表計算ソフトを起動してデータを処理し、それをもとにワープロを立ち上げて報告書を執筆する」という、何重にも渡るアプリケーション操作を意識的にこなす必要があった。しかしユーザーが本当にしたいことは、そういった煩雑なアプリ操作ではなく、「報告書を作成する」という仕事(Task、Activity)のはずだ。

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