誰1人が欠けても作れなかった〜「PENCK」完成までの道のり(1/2 ページ)

» 2005年02月24日 08時58分 公開
[後藤祥子,ITmedia]

 au design projectの“BREW+WIN端末”として登場した「PENCK」(ペンク)。全く角のないオーバルデザインのボディ、独特な表面の質感、白で統一した付属品など、製品の持つ世界観にこだわりぬいた端末だ。

 au design projectを率いる小牟田啓博氏は、「誰がどんな苦労をしたかは、お客さんにとってはどうでもいい話。“いいと思ったもの”というフェアな判断をした中で買ってくれるわけですから」と話すが、PENCKが形になるまでに並大抵ではない苦労があったのもまた事実だ。

 「関わった人たちの誰1人が欠けてもPENCKはできなかった。チームワークと根性で作った」(小牟田氏)というPENCK完成までの道のりを追った。

サイトウマコト氏が持ち込んだ“ラフスケッチ”が始まり

 始まりは、サイトウマコト氏が持ち込んだ1枚のラフスケッチだった。

 「ピカピカでつるんとした、小さいLED以外は何もないようなもの。サブ液晶やカメラといった要素が見えないラフスケッチをKDDIに持ってきてくれた。『今の携帯は過度にデザインされすぎているのではないか。手を入れたことを感じさせないデザインの携帯をやろうよ』と」

 描かれた原画は、ディティールもサイズも決まっていなかったため、サイトウマコト氏に六面図を依頼。正面と裏、両側面と開いたところの正面を描き起こしてもらった。これを小牟田氏とプロペラデザインの山田悦代氏が、実際の携帯電話の形に落とし込んだ。

 「山田さんが図面を引く横に張り付いて、『もう少し角をこうしてみよう』『幅を狭めてみよう』とアドバイスしながら進めた。ラインドローができたら、彼女の工房にある工作機械でモックアップを作って。『ちょっと大きい』とか『ここの角が当たる』といったことを際限なく繰り返している。そこにだんだん(製造メーカーである)日立の設計の人たちが加わって、miniSDやメガピクセルカメラといったファクターを集約していきながら形を作っていった」

 PENCKは、携帯のケースを接合する面となる分割線をどうするかが課題だった。多くの携帯電話は横に入っているが、曲面基調のPENCKで横に線が入ると、つるりとした面が分断されてしまう。「肉厚が取れて強度が保て、なおかつ成形できる、アールが終わったぎりぎりのところで部品のラインを分割した。分割線は外から見えないようになっている」


 底面にあるバッテリーのフタも難しかった部分だと小牟田氏。「せっかくきれいに作った面に、四角く切れた分割線を入れると、どうにもきれいじゃない。どのアングルから見ても、へんにねじれて見えないように、きれいな分割線で切っている」

メタルのつやを出すには、まず金型から

 PENCKを象徴する存在に位置づけられるのが「メタル」だ。端末のすべての面に、つややかな金属メッキが施され、背面の映り込みには一切の歪みがない。「蛍光灯が、シャープにピシッと映るようなメッキ表現にしたい」という小牟田氏の要望は、金属メッキで実績があるトウプラスが「2年半後には、こういうオーダーが来るだろう」と思っていた、まだ先の技術だった。

 「PENCK」はアンテナ内蔵型端末のため、普通に金属メッキを施すと、電波を通さなくなってしまう。電波を通せる金属メッキの技術が要求され、それに応えたのがトウプラスだという

 「今回の金属メッキをオファーした、日立の上杉さんと森田さんというエンジニアが(カシオ日立モバイルコミュニケーションズの機構設計グループ リーダーの上杉雅樹氏、森田博氏)、トウプラスから『本当にやるんですか』と、何度も念押しされたと聞いている。『僕たちが苦労するだけじゃないですよ、最終的には(型を作る)あなたたちが苦労しますよ』と。あれだけのつやを出すためには塗装面となる樹脂の成型にもデリケートな注意を払う必要があるので、覚悟が必要だった」

 塗装をのせる面をパーフェクトにしておかないと、どれだけ素晴らしい塗料や処理を施しても、ゆず肌(塗装面に凸凹が出てしまう現象)で歪んでしまう。そのためPENCKでは、金型の作り方も特別な手法を使った。

 「メッキをすると、若干の面の歪みも拾ってしまうので、金型から対策しておく必要があった」。特別な手法とは、金型に超高速切削カッターで直彫りするというものだ。

 「普通はカーボングラファイトか銅で、3次元のデータ通りの型を作り、それを金型になる型に油の中で放電して金型を作る。雄型(マスター)を作って雌型を作るというようにワンクッションを置くことで、ミスがあったときに修正できるし、リスクも回避できる」

 「ただこの手法では、放電しているときに形状が歪むことがある。また放電した後には、どうしても職人が手加工で金型に磨きを入れなければならない。いくらプロの職人とはいえ、人の手が入るとやはり歪んでしまう。そこで出てきたのが、超高速カッター。金型に直接、データ通りに彫ることをしようと。そうすると、いきなりピカピカの状態で彫れる」

 この手法は、PENCKの顔ともいえる背面に使われている。「主役の部分だけは超高速カッターの一発勝負で。いきなりジョーカーを切るようなものですが、これ(主役の背面)がアウトなら、ほかのどのカードでも負ける(ほかの部分がどんなにきれいでも意味がない)。やり直しがきかないためリスクが高いが、これで勝負しようと」。こうしてなめらかな背面の型ができあがった。

“二番手、三番手が真似できない”金属メッキ表現を

 背面のつややかな金属メッキも、最初は「ここまでのつやは出せないといわれた」と小牟田氏。「つやを落とせば落とすほど、ゴミやゆず肌が目立たなくなる。『7分つやくらいにしてあきらめてください』と言われたが、そこは譲らず『10分つやで』と、お願いした」

 あまりに難しいオーダーにくじけそうになるスタッフたちを、こんな言葉で励ましたという。

 「このアイデアは、誰もがやりたいと思っていながら、技術的に難しいと説明を受けてあきらめてきたもの。それは根性や度胸がなかっただけの話。これをやり遂げれば、本当に評価されることは分かっているから、半端なものは出したくない。どうせやるなら、2番手、3番手が真似しようという気も失せるくらい、素晴らしいものを作ってぶち抜こうじゃないか。僕が苦労話をして回るわけじゃないが、製品を見たお客さんには絶対に伝わる」

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