“3Gと小型デバイスの融合”がモバイル市場に変革をもたらす――クアルコム ジャパン 山田純氏ワイヤレスジャパン2008 キーパーソンインタビュー(1/2 ページ)

» 2008年06月23日 07時00分 公開
[神尾寿,ITmedia]
Photo クアルコム ジャパンの山田純社長

 第3世代(3G)への移行率、約87%――。日本では、NTTドコモ、au、ソフトバンクモバイル、イー・モバイルの携帯電話キャリア各社が積極的に3G投資を行ったことにより、世界で最も3Gインフラが整備されて、多くの人が利用する国になっている。その“先進のインフラ”の上で、日本の携帯電話ビジネスがさまざまな形で花ひらき、発展してきたのは周知の事実である。

 一方、日本の外に目を向ければ、海外でも3Gインフラの整備と移行が着実に進み、インターネットとのシームレスな連携を図る形でモバイル向けサービスの市場も急速に拡大している。ITビジネスの“モバイルシフト”は今や、世界的な流れだ。このトレンドは日本のモバイルビジネスとさまざまな形で相互作用を起こしながら、今後さらに進展していくだろう。

 日本、そして世界のモバイルビジネスは今後どのようになるのか。

 「CDMA」(Code Division Multiple Access/符号分割多重接続)の基本技術を軸にモバイル関連特許を数多く持ち、グローバルで発展してきたクアルコム。その日本法人であるクアルコム ジャパンの山田純社長(※)に、日本そして世界の“今”と“未来”について話を聞いた。

※山田純氏は、6月25日からクアルコムジャパン 代表取締役会長

2008年、日本市場には「3Gしかなくなった」

ITmedia クアルコムでは2008年をどのような年だと位置づけていますか?

山田氏 2008年で注目すべき大きなポイントは、「2Gの携帯電話の出荷がゼロになった」ことです。今やすべての出荷端末が3Gになりました。その点で日本市場は、クアルコム(のグローバルビジネス)にとっても非常にエポックメイキングなマーケットとしてとらえられています。

ITmedia 3Gインフラの充実と、ユーザーのスムーズな移行は“日本市場のポテンシャル”になっていますね。

山田氏 そうですね。店頭で売っている携帯電話すべてが3Gという市場は、世界中どこを探しても見つかりません。(市場のすべてが)3Gの時代に日本は最初に入ったと言えます。携帯電話の普及率でみても、国民のほとんどが(携帯電話を)所有しています。それらを鑑みますと、日本には3Gが完全に根付き、3G移行が完了したのが2008年と言えます。

 これから先は「3Gの普及以降」という考え方で、この3Gで埋め尽くされたマーケットで何を持って魅力的な端末やサービスを創るのか。そういった思考が重要となる段階に入りました。

ITmedia あくまで完成したのは“インフラの部分”ですから、それを下地にしたビジネスの発展はこれから始まるわけですね。そこで重要になる要素は何でしょうか。

山田氏 従来型の携帯電話でのビジネスやサービスはもちろん重要ですが、これから先を見据えれば、『(これまでの)携帯電話とは異なる端末やサービス』がキーワードになるでしょう。

 特に重要なのはデータ通信で、これを今まで以上に使いやすく活用するサービスや端末が、今後さらに重要になってきます。

ITmedia 日本では1999年のiモード開始から、2Gの延長線上で3Gもデータ通信を使ったコンテンツ、サービス分野が広がってきましたが、「3Gへの本格移行」を果たした今後、さらにもっと発展的な形でのデータ通信分野の重要性が増しそうですね。

携帯電話以外の2台目に成長の可能性

ITmedia 携帯電話をはじめとする“モバイルでのデータ通信市場”は、今後の急成長が期待されますが、具体的に注目している市場や分野などはありますか。

山田氏 例えば、PND(Personal Navigation Device/パーソナルナビゲーションデバイス)はとても注目の市場ですね。海外市場ではPNDがものすごい勢いで普及していますが、あれに(モバイルの)無線通信機能がついていないことの方が不思議な話です。あと数年もすれば、PNDにモバイル通信機能が搭載されて、(クルマの中からも)シームレスにネットにつながる――という世界があたりまえになるでしょう。PDAの系譜が(通信内蔵の)スマートフォンになったように、PNDも同様の進化を果たし、新たなモバイルの一市場になる可能性が高い。この新たな市場で、“誰が、どのように”ビジネスモデルを構築し、リーダーシップを取るのかが、非常に興味深いところです。

ITmedia PNDで見れば、実際にソフトバンクモバイルのサービスが、パイオニアのPND「エアーナビ」で使われています。またPND自体の作りも、多機能化した携帯電話に近くなっていますから、こういった「ケータイと地続き」の市場は、今後の注目かな、と思います。

Photo データ通信機能を備えたパーソナルナビゲーションデバイス(PND)「エアーナビ AVIC-T10」

山田氏 極論すれば、ケータイと内部回路とソフトウェアがほとんど同じでありながら、UIのデバイスを変えてアプリケーションを変更すれば、PNDは作れてしまう。また、似たような(ケータイと類似性のある)モバイル商品分野は次々と出てくると思います。

ITmedia クアルコムでは以前からワンチップソリューションを展開しており、それが今は「携帯電話」として使われていますが、今後は形を変えてさまざまな端末になるという可能性もあるわけですね。

山田氏 まったくそのとおりですね。3Gの市場が成熟したことで、さまざまな端末やサービス可能性が現れる、そういう時代が来たということです。これが最初に可能になったのが「日本」です。

 これは日本の企業にとって大きなチャンスでもありまして、例えば、先ほどのPNDの例で見れば、『シンプルに安く作り、大量に売る』という点では、日本メーカーは(TomTomGarminなど)海外のPNDメーカーに比べて不利な状況にあります。しかし、PNDにモバイル通信機能が搭載されて、サービスもあわせて提供するというビジネスモデルならば、日本企業がリードしてしかるべき分野になるでしょう。今後の国際競争を考えれば、こういった(モバイルの世界で)デジタル機器とサービスの連携・融合で、日本メーカーが力を発揮していく必要があります。

ITmedia 新興分野なのでPNDが注目されていますが、それはこれまで日本が得意としていたさまざまなモバイルデジタル機器にも言えることですね。

山田氏 そのとおりです。ポータブルゲーム機やオーディオ機、さらにはマルチメディアプレーヤーなども、今後はモバイル通信を内包し、サービスと連携・連動する形での進化が必要になるでしょう。

 3G移行後の時代においては、携帯電話では依然として電話機能が重要ではありますが、さらに広がるさまざまな機器では「電話」を強く意識していく必要はないと考えます。

ITmedia キャリアのビジネスモデルも変わっていく必要がありますね。

山田氏 データセントリックになり、携帯電話だけでなくさまざまなポータブルデジタル機器が3Gインフラを使う時代においては、主たる携帯電話の契約にあわせて、複数のデジタル機器の通信料金が合算で利用しやすい値段で納まるような料金体系が必要になりますね。

 また、ほかにも、MVNOのような形で従来のキャリアとは異なる感覚での料金体系が出てくる可能性もあるでしょう。いずれにせよ、モバイルで複数の機器がネットにつながる時代に向けて、ユーザーが利用しやすい仕組みが登場してきてほしいですね。

ITmedia こうして考えますと、昨年くらいから「2台目需要」という言葉が注目されましたけれど、こういった携帯電話の2台持ちだけでなく、“携帯電話1台と、異なる分野のモバイル機器を複数持ち歩く”という新たなスタイルが登場しそうですね。

山田氏 そうですね。これまでのダブルホルダー(2台持ち)はビジネスとプライベートで同じ形状の携帯電話を持ち歩くというものでしたが、今後は一般的な携帯電話と、用途に応じた異なるフォームファクターのモバイル端末を持ち歩く複数台持ちが増えていくと考えられます。

 しかし、こういった新興分野でみますと、“コスト”の重要性が携帯電話よりも増していきます。なぜなら、携帯電話には(最近までは)販売奨励金の制度がありましたし、生活必需品でもあるので、ある程度の価格はユーザーにご納得いただけた。一方で、(携帯電話以外の)2台目、3台目となりますと、ユーザーの財布の紐も締まってくるわけですから、製品それ自体のコスト競争力が求められてきます。ですから、こういった分野では、チップセットをグローバルで展開し、規模の経済によってコストパフォーマンスに優位性のあるクアルコムの価値がより理解していただけるのではないかと考えています。

小型デバイス市場の可能性とSnapdragon

ITmedia 携帯電話以外の2台目でいいますと、今年はPNDもそうですし、さまざまな小型デバイスの話題が尽きません。インテルが提唱したMID(モバイルインターネットデバイス)や、Eee PCが呼び水になったミニノートPCに多くの人が注目しています。

 この分野については、クアルコムでも「Snapdragon」(QSD/QSTシリーズ)というチップを新たに提案していますね。クアルコムのチップとしては携帯電話向けのMSMシリーズが有名ですが、Snapdragonとはどのように棲み分けていくのでしょうか。

山田氏 SnapdragonとMSMシリーズとの棲み分けは、我々としても明確な考えがあるわけではありません。Snapdragonは携帯電話よりも処理能力が求められる小型デバイス向けですが、近い将来、Snapdragonで導入した技術はMSMにも載せていくことになると思います。

ITmedia Snapdragonは投入市場のポテンシャルの高さも含めて注目の製品といえますが、こちらの競合としてはインテルの「Atom」があります。対インテルで見た場合の競争優位性はどのようなポイントでしょうか。

山田氏 インテルをはじめPC用のチップベンダーも、今後は続々とモバイルに進出してくるでしょう。そこでの競争は今後さらに激しくなることは間違いありません。彼らはPC向けのダウンサイジングでくるわけですから、既存のOSやアプリケーション資産を継承できることを強みにしています。

 これは考え方としては合理的ですし、否定されるべきものではありません。しかしながら、(PCで普及する)x86系の仕様を継承しようとすると回路規模の縮小や効率化に限界がありますから、発熱量や消費電力の点では(モバイル向けから進化した仕様と比べて)不利になります。

 一方で、我々のSnapdragonは、携帯端末向けのチップからパフォーマンスを向上していくというアプローチを取っていますので、現在のPCにある資産をすべて継承することはできないと割り切って、その代わりにモバイルに適した回路設計や作り込みをします。これによって発熱量と消費電力の低さを実現しています。モバイル環境に適したチップになっているのです。この差は現時点において大きいはずです。

ITmedia レガシーを引きずらない、切り捨てるというのは、「バッテリー持続時間」や「発熱量の低さ」が最重要課題になるモバイル端末ではとても重要ですね。さらに昨今のトレンドを見ますと、クラウド型のサーバサービスが増えていて、端末側の環境でレガシーなソフトウェア資産をすべてサポートしていかなくてもよくなっています。このあたりが、今後のモバイル向け小型デバイスの競争において、ひとつの注目ポイントになりそうです。

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