では、なぜそれが可能だったのか。関和氏は、「まず分析が重要」と話す。ソフトバンクは基地局単位ではなく、エリア単位で通信品質を見分けることで、必要な場所に必要な対策を打ってきたという。基地局からも情報は取れるが、端末の正確な場所まで特定ができない。セルの範囲が広くなると、なおさらだ。基地局単位で混雑は特定できても、それが「どの場所で起っているかが分からない」(同)。容量に余裕のある別の基地局でその場所をカバーできるかどうかも、実地での確認が必要になってしまうというわけだ。
これに対し、ソフトバンクは基地局のデータを端末側のデータで補完し、「細かいメッシュの中で、どこに通信の不安定さが残っているのかを分析する」(同)手法を取っているという。ネットワークと端末、双方のデータを掛け合わせることで、対策の必要な場所を精度よく特定しているといえる。通常、端末側から細かな位置情報を基地局に送信することはできないが、ソフトバンクは子会社のAgoopのデータを活用。SDKを介してアプリから取得したデータを使いつつ、「AIで自動化することも積極的に取り組み、対策のサイクルを早めている」(同)という。
指標としてソフトバンクが重視したのが、理論値の最高速度や単純なスループットではなく、「ユーザーの体感」(同)だという。数値にしづらいが、そのためには「アップリンクとダウンリンクのバランスを取ることが重要」(同)だったという。「ダウンリンクだけが速くても、アップリンクが詰まるとパケ詰まりしてしまう」(同)からだ。そのため、端末側では「通信要求から応答までの時間」(同)を測定。レスポンスが悪い場所を、先に挙げたメッシュ単位でつぶしていった。
ちなみに、アプリベースで品質を測定しているため、レスポンスは他社回線まで可視化できる。ソフトバンクが公開した資料では、やはりドコモ回線の応答が著しく劣化していることが見て取れる。700ms超の割合が最も高いだけでなく、400msから700msも38.9%と4社で最多。逆に、300ms未満で通信できている場所は、17.1%しかない。ソフトバンクの調査ではあることを割り引いて考えても、品質面でドコモが楽天モバイルにも劣後しているのは衝撃的だ。
ソフトバンクは、急増した繁華街のトラフィックにどう対応し、ユーザー体感を維持できたのか。1つ目が、5Gを“面”に広げることだ。これによって、まずは“パケ止まり”と呼ばれるセルエッジ(電波の範囲の端にあたる部分)の通信品質を解消した。関和氏は、次のように語る。
「5G展開中は、エリアによってアイランド(島)的に存在する場所ができてしまうが、これが街中にあると外側で電波が弱いが5Gをつかめるようになってしまう。専用周波数帯は周波数が高いため、電波が弱いところで急に止まってしまうなど、品質の維持が難しくなる。5Gを積極的に展開しているので都内では密度が上がっている場所もあり、そこに関しては基地局をグループにすることでセルエッジの発生を抑えている」
ドコモでは、2021年ごろにパケ止まりが発生。一時は端末側で5Gをオフにするようアナウンスもされていた。その後、パケ止まりは基地局のチューニングで解消したが、そのトレードオフとして、5Gエリアが狭い場所ではすぐに4Gの電波をつかむようになってしまった。これでは、5Gがトラフィック対策になりづらい。一方でソフトバンクはあらかじめこの問題に先行して取り組んでいたため、ゼロではないが、パケ止まりが発生しづらくなっていた。また、ソフトバンクは4Gから転用した周波数帯でまずエリアの拡大に取り組んでいたため、5Gの面展開がしやすかった。
ソフトバンクは、「1.7GHz帯と700MHz帯、3.5GHz帯の3つを転用しているが、移行期に、トラフィックをいかにLTEから他に動かしていくかは苦労した」(同)という。また、1.7GHz帯に関してはDSS(ダイナミック周波数共有)という技術を使い、4Gと5Gを共有させた。DSSは、リソースに応じて4Gと5Gの帯域幅を動的に変動させる仕組み。これを導入せず、周波数転用にも消極的だったドコモは5Gエリアが点在する形になってしまった。ネットワーク設計での差を問われた関和氏が、「(ドコモと)最も違うのが5Gの打ち方」と語っていたのはそのためだ。
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