本格的な夏が到来する中、ドコモは春先から解決に向け動いていた通信品質の改善を一部完了した。その象徴的なエリアとして、東京都都内の渋谷駅、新宿駅、池袋駅、新橋駅周辺の改善状況を7月28日に発表。改善手法や改善状況、今後の展開といった詳細を改めて報道陣に説明した。
確かに、3月、4月ごろと比べ、一部エリアでは通信がしやすくなっていることは実感できる。実際、基地局を増設し、5G SAも合わせて導入した渋谷駅ハチ公口では、ドコモのうたい文句通り、最も混雑している夜間でも数百Mbpsの速度をたたき出すことができた。その一方で、まだまだ快適に通信できるエリアに“穴”があるのも事実だ。ドコモに取材しつつ、その課題に迫った。
一部エリアでドコモの通信品質悪化を訴える声が目立ち始めたのは、2022年の冬ごろのこと。2021年は5Gエリアのセルエッジ(セルの端)で電波をなかなか離さず、通信が止まってしまう「パケ止まり」問題があり、対応に追われていたドコモだが、解決後は比較的快適に通信ができていた。一方で、2022年冬ごろからのパケ詰まりは、主に4Gが原因。特に冒頭で挙げたターミナル駅周辺の状況が顕著に悪化していた。
また、東京都心部に限らず、大阪や名古屋、福岡などの大都市圏やその周辺エリアでも、同様の問題が発生している。人が集まる場所で、4Gの周波数帯が不足した結果、データ通信が流れづらくなってしまったというわけだ。4月に本連載でも取り上げたように、プラチナバンドのような浸透性の高い周波数をつかみすぎてしまったり、都市の再開発でもともと設計していたセル設計が崩れたりしてしたのがその原因。間接的な要因として、高トラフィックエリアに5Gをきちんと展開できていなかったことも挙げられる。
とはいえ、データ通信のトラフィックが以前のままなら、ここまで問題は大きくならなかった可能性もある。その意味で、コロナ禍でリモートワークなどが進み、データ通信の需要が大きく拡大したことは品質悪化の背景といえる。特にトラフィックを引き上げているのが、「『5Gギガホ』などの無制限のユーザー」(ネットワーク部 技術企画部門 松岡久司氏)だ。ドコモは「販売計画をもとに、マクロでは(無制限のユーザー数が)上がると見ていた」(同)ものの、そのユーザーが同社の想定より早く街に戻ってきた。
ドコモのネットワーク本部 無線アクセスデザイン部 エリア品質部門 エリア品質企画担当 担当課長の福重勝氏は、「都市部を中心に人流が戻ってきたとき、データ需要が増えたまま戻ってきた」と語る。「そのタイミングがいつになるのかの見立てが甘かった」(同)ことで、4Gの容量が不足してしまった。都市の再開発やデータ需要の拡大は、他社にも影響を与えるはずだが、特にドコモの品質低下が顕著なのはそのためだ。人流やその影響で伸びる局所的なトラフィックの“読み”を外してしまい、キャパシティーとのバランスが大きく崩れてしまったといえる。
本来であれば、こうしたエリアは3.7GHz帯や4.5GHz帯といった帯域幅の広い5Gでカバーした方が効率はよく、ドコモもその方針で対応を進めていた。ただ、先に挙げたコロナ禍のような環境の変化に加え、ドコモ自身の「方針の変更もあった」(同)。もともとドコモは、5G専用に割り当てられた3.7GHz帯や4.5GHz帯を使い、高トラフィックエリアに「瞬速5G」と銘打った大容量5Gを整備していく計画だった。逆に、4Gの周波数転用には消極的で、ことあるごとに「なんちゃって5G」と揶揄(やゆ)していたほどだ。
ところが、そんなドコモも2022年春には4Gの周波数転用を開始する。合わせて2024年3月の人口カバー率90%を目標に据えるなど、以前よりも5Gのエリア拡大を重視するようになった。これは、2021年に岸田文雄氏が内閣総理大臣に就任し、「デジタル田園都市国家構想」を打ち出したためだ。5Gは、そのデジタル田園都市の基盤ともいえるインフラ。こうした国の動きに呼応するため、ドコモは周波数転用の封印を解き、“エリアを稼ぐ”方向にかじを切ったというわけだ。
当時、ドコモが積極的な周波数転用を行うようになった理由を問われた代表取締役社長の井伊基之氏は、「デジタル田園都市構想で5Gをもっと加速してほしいという要請が(国から)あった」と語っている。それには、「4Gの周波数再利用(転用)を組み込まないと間に合わない」(同)。あくまで遠因だが、こうした方針変更の中、瞬速5Gの整備が後手に回ってしまった側面があることは否めない。周波数転用によるエリア拡大を当初から優先し、需要に合わせた段階的なトラフィック対策をしやすかった他社との違いともいえる。
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