NTTは10月6日、報道陣向けに説明会を開き、AI時代の爆発的な電力消費増という社会課題を解決する鍵として、次世代通信基盤構想「IOWN」を支える基盤技術の1つである「光電融合技術」の現状と今後の展望を明らかにした。
IOWNはNTTが2019年に公開したオールフォトニクスのネットワーク。超高速や低遅延に加え、ゆらぎがない通信を特徴とする他、電気信号と光信号を扱う回路を融合する「光電融合技術」による、省電力化も目指している。本稿では、説明会で語られた光電融合技術の具体的な内容と、なぜ今必要とされているのかを解説する。
生成AIの急速な普及は、社会に大きな変革をもたらす一方、深刻な電力問題を浮き彫りにしている。AIの学習や処理に不可欠なGPUサーバは、従来のサーバに比べて約5.9倍の電力を消費し、その搭載数は年1.8倍のペースで増加の一途をたどっている。
NTTの常務執行役員である大西佐知子氏によると、このままAIの利用が拡大すれば、2030年には国内のデータセンターだけで、東京都の年間総電力消費量(2023年実績で762億kWh)を上回る可能性があるという。これは、私たちの生活が計画停電を余儀なくされるほどのインパクトを持つ社会課題だ。
問題は電力供給だけではない。AI利用企業のコスト負担も急増している。AI関連予算は2026年には75%も増加するとの予測もあり、そのコストの約半分をGPUやデータセンターなどのインフラが占めている。AIの恩恵を持続的に享受するためには、電力とコストの問題を解決する技術が不可欠となっている。
なぜAIはこれほどまでに電力を消費するのか。その大きな要因は、GPUサーバ内部や、複数のサーバで構成されるクラスタ内での膨大な「通信」にある。AIの処理量が増えるほどGPUの数も増え、それに伴いコンピュータ内の通信も大容量化する。
NTTの代表取締役副社長である星野理彰氏は、電気通信の物理的な限界を指摘する。電気信号は、通信速度(周波数)が上がると消費電力が急激に増加する特性を持つ。これまで問題にならなかったサーバ内の基板上など、cm単位の極めて短い距離ですら、通信量が10テラビットを超えると消費電力や発熱の増大が深刻な課題となる。
これに対し、光通信は伝送速度が上がっても消費電力がほぼ変わらないという大きな利点を持つ。これまで長距離通信の主役だった光技術を、コンピュータ内部の配線にまで適用することで、電力効率を劇的に改善できる。AI時代が求める超大容量・低消費電力の通信を実現する答えは、もはや「光」以外にないというのがNTTの見立てだ。
このコンピュータ内での光利用を実現するコア技術が「光電融合技術」だ。NTTは、電気回路と光回路を融合させるデバイス「PEC(Photonics-Electronics Convergence)」の開発ロードマップを掲げている。データセンター間を結ぶ長距離通信向けの「PEC1」は既に商用化されており、2025年現在のフェーズは、データセンターの内のボード間接続を担う「PEC2」へと移っている。
PEC2は、通信を制御するスイッチASIC(特定用途向け集積回路)のすぐそばに、電気信号と光信号を相互に変換する小型の光デバイスを実装(コパッケージ化)する技術だ。電力消費の大きい電気配線の距離を極限まで短縮し、システム全体の消費電力を大幅に削減できる。
NTTイノベーティブデバイスの代表取締役副社長、富澤将人氏によると、この技術により、従来の電気配線に比べて圧倒的に低い電力での通信が可能になるという。この技術は既に、大阪・関西万博のNTTパビリオンで、来場者の感情を表現するインスタレーションの裏側を支えるサーバに試験導入され、その実力を示している。
小型の光デバイスの開発を担うのが、NTTグループ内でハードウェアの開発から製造・販売までを手掛けるNTTイノベーティブデバイスだ。同社は、半導体プロセスの超微細化、チップを立体的に実装する3Dパッケージング技術に続く、半導体の性能を向上させる「3本目の矢」として光電融合技術を位置付け、世界に先駆けて開発を進めている。
この取り組みはNTT単独のものではない。スイッチASICで世界的なシェアを持つBroadcom、サーバなどの製造を担うAccton Technologyといったグローバル企業と強固なパートナーシップを構築。各社の技術を結集することで、IOWN構想の社会実装を加速させている。さらにその先、チップのパッケージ内部に光を導入する「PEC3」、さらにはチップそのものに光回路を組み込む「PEC4」の研究開発も始まっている。
IOWN構想は、デバイスレベルの省電力化だけでなく、インフラ全体の効率化も視野に入れる。電力供給に余裕のある地方などに分散配置されたデータセンターを、IOWNの超高速・低遅延なネットワーク「APN(All-Photonics Network)」で結ぶ。これにより、物理的に離れたGPUリソースを仮想的に1つの巨大なコンピューティング基盤として運用し、リソースの稼働率向上と電力の最適配分を実現する。
NTTグループでは、自社開発した大規模言語モデル「tsuzumi」に関する法人からの相談が1800件を超えるなど、AIビジネスは順調に拡大している。トヨタ自動車と共同で進める交通事故ゼロ社会を目指す「モビリティAI基盤」のように、膨大なGPUリソースを必要とするプロジェクトも動き出しており、IOWNによる効率的なインフラ構築がその価値を発揮する場面は着実に増えている。
AIがもたらす豊かな社会と、深刻化する環境負荷。この二律背反とも思える課題に対し、NTTは「光」を軸とした技術で挑む。IOWN構想は、AIの持続的な発展を支え、デジタル社会の新たな未来を切り開く挑戦として、その歩みを加速させている。
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