電子海図と“AIS”で夜の御前崎を突破せよ!勝手に連載「海で使うIT」(3/3 ページ)

» 2006年07月05日 21時52分 公開
[長浜和也,ITmedia]
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GPSに匹敵する有効性を秘めた「AIS」

今回の検証航海で30フィートヨットのスターンパルピットに取り付けたGPS(円筒状のもの)とVHFアンテナ

 GPSで自分の位置を電子海図の上に表示するシステムにおいて、機能の違いはあれど舶用GPSプロッターやPCで使えるPEC、そしてENCやC-MAPを使う電子海図ナビゲーションソフトまで、その「入力情報」は基本的にGPSユニットから入力された信号となる(高機能ナビゲーションシステムになると自分の船のセンサーから入力される対水速度や風向風速なんてものも利用するし、さらに高機能になるとレーダーからの入力を海図に重畳表示できるものもあるが、いずれも海外製のハイエンドバージョンで使える世界になる)。

 このように長らくGPSのみだった入力データに最近「AIS」(Automatic Identification System:船舶自動識別装置)と「ARPA」(Automatic Rader Plotting Aids:自動衝突予防援助援助装置)が加わった。ARPAの運用にはレーダーが必要なので、電力供給に制約がある小型のヨットでの運用は難しいものがあるが、VHFで他船の情報を入手してそのデータを利用するAISは受信するだけならば免許もいらずレシーバーを動かすのに必要な電力も少なくてすむ。機材もVHFアンテナとAISレシーバーの追加のみでよく、そのサイズも小さい(8ポートのネットワークハブとほぼ同じサイズ)ため小型のプレジャーボートでも設置場所には苦労しない。ハードウェア的な条件からすれば小型ヨットでも十分運用は可能である。

最近のノートPCはシリアルインタフェースを持たない製品が多い。そういう場合はUSBとシリアルの変換ケーブルを利用することになる

 そこで、今回の検証航海ではピーシースタジオ・アルファとイーチャートの協力を得て、AISを運用するハードウェア一式(AIS&GPSレシーバー、GPSアンテナ、VHFアンテナ)を電子海図ナビゲーションとして運用しているLet's note T4(第1レグ)とゼロスピンドル“U”(第2レグ)に接続し、小型ヨットの航海におけるAISの有効性を検証してみた。

 AISでは、船舶の属性データ(船名、種類、行き先、長さなど)やリアルタイムの航行データ(対地速度、針路など)をVHFで送信する。別な船でそのデータをVHFで受信するとレシーバーとそのインタフェース(検証したAIS RX YACHTではシリアル)を介してPCに入力される。入力されたAISをどのように活用するかはPC側のAIS表示プログラムに依存するが、アルファマップ2プロのように海図にGPSで表示される自船位置とAISで取得した他船位置を重畳表示するのが一般的となる。(記事掲載時にAISが扱う船舶属性データとして「重さ」を挙げていましたが、重さに関するデータはAISには含まれません。ここにお詫びして訂正させていただきます)

 それぞれの船の位置はGPSで確認されている緯度経度の値を基に分かりやすいシンボルで表示されるため、例えばレーダー表示画面よりもはるかに把握しやすい。AISを搭載している船舶についてはその位置だけでなく動静や過去の航跡、そして将来の予測位置まで海図に表示できる。船舶を把握できる範囲はVHFの到達距離に相当する。ある意味、小型のヨットに高精度多機能レーダーを設置したのと同じといえる。

 視界外の本船もAISで捕捉されればその位置にシンボルが表示される。表示されるだけでなく、一緒に送信されてくる「行き先」の情報から「紀伊半島東岸を北上している本船の行き先は名古屋港だから、そのまま伊良湖水道に突っ込むな」というような予測までできてしまう。さらにマーチスから送られる気象情報や海上交通情報まで表示されるのだ。

アルファマップ2プロに用意された「オプション」→「外部機器との入出力設定」メニューでAISとGPSのポートを指定して接続するとこのようにGPSで取得した自船位置とAISで所得した他船位置がシンボルで表示される。画面右にはAISで捕捉したターゲットごとの「最接近距離」「最接近時間」がリストアップされ、その下に選択したターゲットの航行データが表示される
アルファマップ2プロではAISで取得した航行データからターゲットの将来位置が求められる。その将来位置と設定してある自船の「警戒ゾーン」が重なると衝突警報を発して操舵手の注意を促す。この警報は事前に設定した喫水と海図の記載水深から座礁する可能性がある場合も発せられる。なお、この画面は夜間表示モードになっているため、かなり地味なカラー構成となっている

 今回の検証航海でAISの有効性がとくに実感できたのが夜間に船舶輻輳海域を航海する状況であった。今回の航海では潮岬と御前崎という難所を深夜に通過しているが、どちらも海況が険悪なのに加えて本船航路が収斂して航行船舶が輻輳する海域である。夜間航海では航海灯のおかげで他船針路の動静は把握しやすいものの距離感が分かりにくいため、まだまだ遠いと思っていても急速に本船が近づいてくる場合が多い。

 このような状況でもAISを使えば距離が正確に把握できるだけでなく、次から次へと迫ってくる本船の動向を前もって知ることで先の先まで考えて避航針路を取ることができる。「見えないもの見えてくる」安心感は夜の海上で本船の航海灯に取り囲まれた状況では操船担当者を大いに助けてくれる。AISのおかげで過度の緊張やストレスを感じることなく冷静に夜間の輻輳海域を乗り切ることができた、というのはまったく偽りのない本心であった。

画面左は潮岬で画面右は御前崎の状況。AISで捕捉された本船に見事に囲まれている。御前崎では左舷後方の本船群を避ければ右舷前方の本船群に突っ込むことになるわけでなんともはや困った困った

 ただし、AISで捕捉できる船舶はAISトランスポンダーを搭載している船舶に限られることも認識しておかなければならない。

 この記事を書いている時点における法律(SOLAS条約)では、「国際航海に従事する総トン数300トン以上のすべての船舶」「国際航海に従事しない総トン数500トン以上の貨物船と旅客船(その大きさは問わない)」はAISを搭載しなければならない船舶として定められている(ただし、2002年7月1日より以前に建造された船舶は決められた移行期間中に順次搭載する)。この記事を書いている2006年7月の時点で国際航海に従事する旅客船とタンカー、総トン数3000トン以上の貨物船にAISの搭載義務が課せられているが、それらは概して見ためにも大きい「本船」ということになる(内航船には499トン以下の船舶が多い)。

 このように、いまのところはすべての船舶の位置や航行データがAISで表示されるわけではない。実際、播磨灘や紀伊水道といった内海を昼間に航海しているときはAISで表示されている本船以上にAISに表示されない小型内航船の数が多かったのも事実だ。しかし一方で、先に紹介した夜間航海において、目に見える航海灯とAISに表示される本船の状況はほぼ一致していたのもこれまた事実である。内航外航を含めた本船におけるAISの搭載比率とその運用状況を説明するデータは把握していないが、少なくとも自分が経験した夜間航海においてAISによって本船の動向を完全に把握できていたことははっきりと述べておきたい。

 また、小型のプレジャーボートにおいて非常に有益と思えるAISシステムであるが、その導入にはある程度のコストがかかることも残念ながら述べておかなければならない。AISの重畳表示に対応している電子海図ナビゲーションソフトはピーシースタジオ・アルファ以外でも数社が開発して販売をしているが、いずれも上位バージョンでしかサポートされない。見かけは小さなAISレシーバーも実売価格は14万円程度となる。本船ユーザーを想定した価格設定であるとは思うが、ヨットやパワーボートといったアマチュアスキッパーにとってもGPSに匹敵するほどの有益なシステムであると同時に、搭載する船が多くなればなるほどAISの有効度は高くなると思えるだけに、その普及を促進するためにも低価格なセット(さらに欲張るならばトランスポンダ機能も実装して)を投入してもらいたいのだが、いかがなものだろうか。

AISはその正式名称「船舶自動識別装置」の名の通り、VHFで呼び出したい船の名前を確実に把握することが目的とされていた。VHFを運用しない船にとって船名データはあまり意味を持たないかもしれないが、この画面にあるように「あっ、あれは“悲運のTSL”スーパーライナーおがさわらじゃないですかっ」みたいな楽しみかたもできたりする

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