デザインの作業プロセスについては、デジタル化が進んで工程自体の短縮化とプロセス全体の時短化を実現したという。例えば、昔は加工がしやすいバルサー(木材)を使ってデザインモックアップを作成していたが、今は素材を樹脂製に代えたことで、昔は1週間かかった製作工程が今では一昼夜あればできるまでになったとした。また、バルサーやクレイを削るさいにデザインとは別の職人技とも言える技術が必要だったが、現在はとくにコンパクトカメラではラフスケッチの段階から3D CGやCADソフトが使われているという。
その一例として、2005年発売のIXY Digital 600から導入されたカーバチャーデザイン(Curvature Design)という造形手法が紹介された。これまでのデジタルデータは面と面をつなぐ感じで面の区切りがデータ的にできていたのだが、1本の円柱から変化させることで滑らかな曲面フォルムを実現したカーバチャーデザインでは、とぎれなくシームレスにデザインできるのがポイントと述べた。また、カーバチャーデザインは制御点のコントロールが難しく、デザインセンス・スキルが端的に表れるとし、道具は違っても職人である必要があることには変わらないという。
一方、プリンタの場合は寸法――ミリ単位のせめぎ合いで、設計者とデザイナーが2ミリ、0.5ミリ単位で攻防していると述べた。きれいな平面を見せるためにどうするか、張りのある平面に見せるのはどうするか、光沢面をどのように再現するかといったところにこだわっている点がカメラとは異なるという。
コンセプトをどのようにカタチにするのか、という点にも技術が必要であると佐野氏は指摘する。ヒット商品は商品性が非常に明快であるとし、我々は言葉を使って社内/社外の人にコンセプトを伝達しようとしていると述べた。直感的に分かってもらえる言葉を選ぶのは非常に重要で、キーワードを共有することで、生産側のベクトルがそろい、開発がスムーズに行えるという。
プリンタにおける「インテリアリズム」(Interiorism)と、PowerShot G7における「ゆるきり」がコンセプトの具体例として挙げられた。前者は2000年に実施されたアンケート結果では、PCの横にプリンタを置けるユーザーは全体の4分の1しかいなかったという。そしてプリンタはどこが不便なのかを聞いたところ、「理想的な場所に置けない」「給排紙が面倒」「使っていないときにじゃまだ」というものがあった。そこから導き出された回答が、「使っていないときにもかっこよくないといけない」であり、「ボディがコンパクト」であり、「フロントオペレーションが必要であること」であり、インテリアリズムというコンセプトの裏付けが取れたという。
この成果が生かされたのは2002年モデルからで、長い時間とさまざまな努力を積み重ねた結果が、2004年モデルのSUPER PHOTO BOXとして結実したと述べた。
ユーザーインタフェース(UI)のデザインも年々重要になっているとし、現行のプリンタやデジカメのUIは携帯電話のUIに大きな影響を受けていると指摘した。携帯電話を意識しないとUIや使いやすさがチープになってしまうと述べ、「携帯電話には恨みを持っています」と冗談を交えながら話をした。
複合機やプリンタの最新モデルに搭載ずみの新UI「Easy-Scroll Wheel」を例に、UIの開発プロセスが説明された。基本的な流れは先に触れたハードウェアと一緒で、まずシナリオと呼ばれるUIのラフスケッチを描き、次にエレメント(アイコンのデザイン)に落とし込んでからアイコンの動きやリズム感をアニメーションで検討するという。そして、ワーキングプロトタイプと呼ばれる操作系部分だけのモックアップを作成し、実際の動作を確認してテストを繰り返すことが多くなっているとした。
最後に「キヤノンらしい」デザインに触れ、言葉ではなかなか正確に表現できないが、我々にはそれが体に染みついていると言及した。そして、あくまで個人的な見解としながらも、「キヤノンらしさ」を言葉に表すと、「フォーマル感」だと述べた。これはどこかに気取った部分があり、ほんとうのラフにならない、ぎりぎりのところを残すというイメージがあるという。他社を例えると、「ニコンさんはタフというイメージ、道具感」「ソニーさんはスポーティー」というイメージがあるとした。
質疑応答では、普段は仕事に結びつけるための工業デザインのウォッチングはほとんどせず、むしろクラフトや化粧品のパッケージのほうが見る機会が多いと説明した。また、工業デザイナーは黒子であっていいし、黒子になりたいと思うとまとめた。
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