シリンダーと2枚のフラットな板が組み合わさった、とてもシンプルでスマートなデザイン。このVAIO type Tをより薄く見せているのが、PC本体の周囲を斜めに削ぎ落とした形状だ。側面の角を深く鋭く削りこむことで、本体自身が落とす影に溶け込ませて、まるで薄い板が浮いているかのように見せる手法により、本体の薄さを際立たせている。この“削ぎ形状”は、ボディに納まるあらゆるパーツとの兼ね合いがあるため、いかに部品を詰め込むかということを設計者と何度も細かいやり取りをしてきたという。
井関 VAIO type Tは実際のサイズ(最薄部で22.5ミリ)より薄く見えていると思います。左右の側面をかなり絞り、手前側も強く絞り上げることにより、実際の寸法よりも半分程度の薄さに見せることができるんです。ただ同じ削ぎ形状でも、削ぎ加減、絞り加減、そして残った平らな面の見えかたで印象がかなり変わってきてしまいます。そのため、削ぎ形状を微妙に変えたものを何種類も検討しました。スケッチ、CG、そして側面部分だけのモックアップを作り確かめました。最終的に製品になってしまうと、検討の結果選ばれたある1つのパターンなのであまり気にならないかもしれませんが、かなり細かい作業の積み重ねでできているんです。
また、VAIOノート505と同様、個性的なスタイルを印象付けるシリンダーのデザインにもこだわりがあるのだという。シリンダーの右端には電源ボタンを配し、電源が入っているときには、エメラルドグリーンに光る。クリアパーツの周囲にメッキパーツをあしらい、クリアパーツ全体が光るため、まるでシリンダーの中に光の芯が浮かぶかのようにも見える。この部分だけでも、実際に光るモックアップを作って検討がなされているのだ。
井関 今回のテーマとして、電源ボタン周りの仕上げにもかなり気を遣っています。シリンダーの径と側面の平らなところの割合を調整して、あまり太く見えないような工夫をしたり、透明材のボタンも押しやすくて視認性もあり誤動作もしない、というような表面的な見ためだけではない部分も含めて検証をしています。
また、電源ランプに採用している緑色のLEDにもこだわりました。このLEDは一般的に売られているものを使っていますが、これまではサイズが大きくてモバイルPCには使えませんでした。一方、小型のLEDでは輝度が足りず、どうしても色が黄色っぽくなってしまいます。しかし、電源のグリーン=エメラルドグリーンという一般的な感覚をできるだけ再現したかったのです。今回はタイミングよく高輝度のグリーンLEDが入手できたため、コストは高くなるのですが、かなり無理を言って使わせてもらいました。
造形的にはVAIOノート505をモチーフとしたVAIO type Tではあるが、素材という点においては大きな進化が見られる。それはボディにカーボン繊維を採用した点だ。本来、カーボンは非常に扱いが難しい素材で、ノートPCで扱うにはハードルが高いという。それはデザインだけでなく、製造や供給の問題もある。確かにVAIOにおいては、最初にカーボンを採用したのは「VAIOノート505エクストリーム」だが、これは限定生産ゆえに実現できたのだ。
後藤 モバイルPCは、ノートPCの中で最先端な位置付けにあります。そのため我々は常にそのときの最新の材料を探求し続けています。新しい材料に着目し、それに最も適した使いかたや、さらにそれを実現するための方法などを、開発チームが製造技術と照らし合わせてきた10年でした。
VAIOでは初代VAIOノート505で、当時量産に向いていないと言われたマグネシウム合金を23.9ミリのフルフラットというデザインを実現するべくあえて採用した。当時のノートPCにおいて、デザインと材料の両面で変革を起こしたのであった。しかし時を経て競合他社も次第にマグネシウム合金を採用するようになる。そこでVAIOとして再び先んじるために探し当てたのがカーボンだったわけだ。カーボンを使えば、マグネシウム合金よりも軽量でありながら強い剛性を維持できる。
しかし当時のカーボン繊維といえば、採算度外視のF1カーや、1度に何トンも使う航空機などで使用されていた素材である。PCメーカーだけでなく家電製品ではほとんど使われていなかったカーボン繊維を、先駆けてマスプロダクションに導入したのがVAIOだった。それをVAIO type Tでは、VAIOノート505エクストリームやVAIO type Gシリーズに続き、通常の店頭モデルに採用したのである。
井関 今回のVAIO type Tに関しては、量産にもきっちりと対応したうえでユーザーの皆さんに見合った値段で買っていただける、という条件を踏まえるとなると、かなりハードルが高くなりました。また、カーボン素材は電波を通さないという技術的な問題もあります。VAIO type Tには液晶ディスプレイの周囲に無線LANやワンセグなどのアンテナが入っているのですが、デザイン的にもアンテナ部分には電波を透過する素材を使いながら、カーボン部分との一体感を出すという点がとても重要でした。機能とデザイン、素材のバランスが一番苦労したところです。
カーボンを使うということが難しいもう1つの理由に製法の問題があった。糸状のカーボン繊維を布状に成形し、それを重ねて積層にして作っていくというものだ。“布”ではネジ穴の周囲やツメなど細かい部分まで作りこめないため、そこはナイロン系のプラスチックで補完する製法がとられることになる。それゆえ、これまでカーボンという素材の多くが平らな面に使われることが多かったのである。
井関 今回のVAIO type Tでは、底面カバーの手前部分の折り曲げまでカーボンにすることができました。これまでは1枚の板材で構成して、形が折れ曲がる部分からはプラスチックでしたが、VAIO type Tではそこをカーボンで延長して一度折り曲げています。その結果として、ケース自体にねじりに対する強度を出すことができたのです。
VAIO type Tには「プレミアムカーボン」「ボルドー」「シャンパンゴールド」「ブラック」の4色が用意されている。このうちブラック以外の3色は直販のVAIOオーナーメードモデル限定という扱いで、店頭販売モデルはブラックのみだ。また、シャンパンゴールドとブラックに対して、ボルドーとプレミアムカーボンはプレミアムカラーとしてプラス5000円の価格設定となっている。というのも、ボルドーは艶やかな発色と質感を再現するために職人による手作業で行っており、プレミアムカーボンはクリア層から透けて見えるカーボン繊維を選り分ける必要があるので、生産数が限られるからだ。
井関 VAIO type Tの基本コンセプトを一番純粋に表現しているのがブラックという位置付けです。フルフラットのボディを削ぎ形状でさらに薄く見せた造形を、色彩的にも色でごまかさずにしっかり見せることができます。黒という色が、モノのよさを一番感じてもらえるのではないかと思います。
一方、シャンパンゴールドやボルドーは、人によって違う感性に合わせて大きく振った色味として採用しました。PCでも珍しいシャンパンゴールドは、やはり初代VAIOノート505で“銀パソ”というジャンルを作り出したということもあり、黒に対比するような色として用意しました。角度によってはシルバーにも見えるのですが、シルバーは誰にでも受け入れられる色で、そこに少し色味を足してあげることで個性が出せたと思います。ボルドーは、前回のtype Tで好評だった色味だったため、デザインが変わった中にもいい色味を提供したいということで継続しました。プレミアムカーボンは、素直にカーボンという素材を感じていただけるようにあえてカーボンの繊維層を見える表現にしています。
後藤 プレミアムカーボンは繊維が丸見えなだけに製造が難しいのです。繊維が緻密なピッチで並んでいるため、それがちょっとでもずれると、全体として見たときに変な模様になってしまいます。また、糸が切れたりほつれたりしているものも中にはあります。塗装をしていない状態ではそれが分かりにくいのですが、そこをクリア塗装するととたんに変な模様が現れてしまうんです。当然、このようなNG品を1つ1つ選り分けるという手作業が必要になってきます。ボルドーも職人が丁寧に吹き付け塗装をしていますが、こういった手作り品を大量生産に混ぜ込めるという、小ロット生産にも対応できるスキームが構築できたからこそ、VAIO type Tのデザインが実現できたのだと思います。
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