コラム
» 2011年08月25日 14時47分 公開

“本当のチャレンジ”が始まる:ジョブズ氏退任に思うこと――アップルは2013年をどう乗り切るか (3/3)

[林信行,ITmedia]
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2013年が運命の分かれ道

 2011年にアップルワールドワイドマーケティング担当上級副社長のフィル・シラー氏にインタビューしたとき、その場では否定されたものの、筆者はアップルという会社が3年おきに体質変化を起こしているという持論を今でも信じている。

 同社はスティーブ・ジョブズ氏がトップに復帰した1997年から毎年大きな発表をし続けているが、その内容を「製品として革新的な発表」と「その後、数年間の戦略に繋がる新機軸」と分けて分析すると、後者はほぼ3年周期で起きていることに気づかされる。

 具体的に見ていこう。1998年は初代iMacが発表されMac復活へののろしがあがった。2001年はその後10年間に渡る戦略の核となる「デジタルライフスタイル/デジタルハブ」構想が発表され、アップル直営店がオープンし、iPodが発表された。

 ジョブズ氏がすい臓がんの手術を受けた2004年だけはイレギュラーで新機軸の発表はないが、その1年前、アップルはコンテンツ事業への第一歩としてiTunes Music Storeを立ち上げている(現在、アップルは世界最大の音楽販売会社だ)。

 2007年は「電話を再発明」した初代iPhoneが発表され、社名が「アップルコンピュータ」から「アップル」に変わった。そして2010年にはiPadが登場している。

 アップル自身では計算していなくても、なんとなく同社のバイオリズム的に、新機軸を打ち出しては2年かけてそれを浸透させる、というのが馴染んでいるように思う。となると、次の新機軸が打ち出されるのは2年後の2013年ごろになるはずだ。

 もしかしたら、すでにその芽はスティーブ・ジョブズ氏によって撒かれた後かもしれないが、これをジョブズ氏と同じだけの完璧主義を持って製品としてブラシュアップさせ、ジョブズ氏同様に市場投入時に大きな話題を生み出せるかが大きな勝負どころになりそうだ。

 ジョブズ氏がアップルで果たした役割は主に以下の4つがある。

  • 1)タフな交渉者
  • 2)究極の目利き、兼マエストロ
  • 3)製品の最高のプレゼンター
  • 4)アップルの求心力

 1については、アップルがライフスタイルのブランドとして、音楽や通信、放送など我々の日常生活を支えるインフラと切っても切れないサービスを提供しており、音楽業界や携帯通信キャリア、テレビ放送局といった企業とタフな交渉をすることが日常茶飯事となっている。ジョブズ氏は自らプライベートジェット機でこうした交渉に乗りつけ、よい条件を引き出してきた。

 2は、社員から上がってくる製品戦略を吟味し、1000の提案にNOという一方で、1つの選りすぐった提案にGOサインを出し、それにアイデアのトッピングや味付けについてのアドバイスを行ってきた。

 3は、突然行われる新製品発表会に世界の目を引き付けさせ、素晴らしいプレゼンテーション術で参加者を魅了し、翌朝には主要な新聞やテレビまでもが話題のニュースとして取り上げるように仕向けている。

 4は例えば(アップルにはミッションステートメントのようなものはないが)、製品企画を出すときにしても社員一人一人が「ジョブズ氏ならこの製品を認めるか」といったことを判断基準にして提案を行っている。つまり、ジョブズ氏は企業としての価値観の基準になっている。それと同時に伝説の創業者、スティーブ・ジョブズ氏がいるからこそアップルで働こうとしている社員も多い。

 これら4つのうち、1と2については、アップル社内にも同様の能力を発揮できる優秀な人材がいる。ただし、2について時には冷徹な決定を下す「decision maker」としてのジョブズ氏の手腕を、ティム・クック氏が遂行できるかどうかは大きな挑戦となるかもしれない。クック氏は、冷徹な決断者としてはそれなりの評価を得ているが、アップルの創業者というわけではなく、いざという時の判断のよりどころは「ジョブズ氏だったらどうしたか」という基準に頼ることになりそうだ。

 実際、アップルは2011年に入ってから、ジョブズ氏のこれまでの意思決定の基準の文章化に取り組んできたことが米FORTUNE誌の記事で明らかになっている。この秋には米国でジョブズ氏が認める公式の伝記も発売される。

 だがその一方で、前任者の価値基準に沿うことは、大胆な決断をできなくする恐れもある。自分の代で会社を落ち込ませるわけにはいかないという、多くの日本メーカーのトップが抱えている問題をクック氏が克服して、果敢にリスクをとって、新しいチャレンジを続けられるのかどうか――「イノベーションを続けることで苦境を乗り越える」としてきたアップルの“魂”を守れるかが勝負どころだ。

 3のプレゼンテーションについても問題だが、前回の病気療養時にはフィル・シラー氏が立派に新製品発表の大役を果たした。また、iPhone事業を率いるスコット・フォースタール氏も名プレゼンターとして評判が高い。

 より深刻な問題は、4の求心力の部分だろう。事実、ジョブズ氏が病気療養に入ってからアップルを離れた重役も多い。自分の提案に対して「No」といわれても、相手がジョブズ氏ならば納得した社員たちが、ジョブズ氏以外に同じ「No」をつきつけられた時に堪えられるのか、といった小さな積み重ねも問題になる。

 もっとも、今回の発表でジョブズ氏はCEOの座は退任したものの、会長の座には留任することを希望している。そういう意味では、ジョブズ氏の求心力は、今すぐ完全に消えることはないのかもしれない。

 どこか不安のつきまとうジョブズ氏のCEO退任だが、今や大成功を収めているアップルは、間違った戦略を続け失速するにしてもおそらく数年の時間がかかる。その間、これまでのジョブズ氏を脇で支えてきた有能な経営陣が、他に類を見ない膨大なキャッシュを抱えたまま何もいい手を打てないまま終わるというのはなかなか考えにくい。そういった意味からも、アップルは今後、当面は安泰だろう。

 そもそも今日、 iPodやiPhone、iPadといったアップル製品で主流となっているユーザーは、すでにマニアックなアーリーアダプタ層ではなく、アップルの経営者が誰であるかなどに関心を持たない一般コンシューマーにシフトしている。そうした人々が今回の退任劇によって製品購入の判断を左右されることはほとんどなさそうだ。

 退任を表明した手紙の中で、ジョブズ氏はこう書いている。

私はアップルの明るさの頂点も、革新性の頂点も、まだこれから先にやってくるものだと信じている。そして、それを今の新しい立場で眺め、貢献できることを期待している

 世の中が薄利多売なベージュの箱形PC一色になっていく中、デザイン重視のPCを投入してトレンドを生み出し、PCを再び楽しいものとして蘇らせ、いつでもどこでも音楽がそばにあることの楽しさを世に広めたアップル。そのアップルがiPhoneとiPadの2つのデバイスで切り開いた新しい時代は、まだ始まったばかりだ。

 これまで40年間、IT業界をエキサイティングな場所にし続けてきたジョブズ氏に感謝する一方で、アップルがそのDNAを引き継ぎ、ジョブズの退任後も、世界中をワクワクさせるイノベーションを続けてくれることを願って止まない。

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