アップルが向かう先――WWDC 2011の基調講演に思うこと:WWDC 2011基調講演リポート(5)(1/3 ページ)

» 2011年06月15日 11時59分 公開
[林信行,ITmedia]

半年が経過して得られた質問の答え

2001年1月のMacworld Expoで発表されたデジタルライフスタイル構想。当時デジタルハブとして挙げられたのはPCだった

 WWDC 2011の基調講演は2時間にも及ぶ長いものとなったが、個人的に非常に思い入れがある講演となった。理由はいくつかある。まず第1に、私がこれまで持ち続けていた疑問にズバリ正面から答える内容だったからだ。

 ちょうど半年前、今回の講演で「OS X Lion」を紹介したワールドワイドマーケティング担当のフィル・シラー氏が来日したおり、私が心の底から聞きたいと思って投げかけた質問が2つあった。

 1つは「ポストPC時代の到来で、デジタルハブ構想がどうなるのか」という点だった。この時点では「iCloud」が未発表だったため、「まだPCが中心」という答えだったが、今回それに代わるハブとしてiCloudが発表されたのは非常に感慨深い。

 もう1つは、iPadにはファイルの概念がないため、書類のやりとりが大変だということだった(それに加えて、アプリケーション単位で作業が分断してしまうことも少し問題だと思っている)。

 これに対してはシラー氏が熱心に「ファイル」の概念を取り除くことが重要だと熱弁してくれたが、「もどかしさ」が残るとも語っていた。今回発表されたiCloudの「Documents in Cloud」が、そのもどかしさの多くを取り除いてくれた。

 これだけでもすごいことだが、その後何人かと話を重ねるうちに、このiCloudが本当に驚くべきサービスだと思えてきた。

“統合された体験”をあなどってはならない

今後ハブはクラウドが担うことになる

 これまで「クラウド」の名を冠してきた多くのサービスは、Webブラウザを経由して利用する、ただのプラットフォーム非依存のサービスということが多かったが、iCloudはそうではない。iOSやMac用のOS、ひいてはMacやiPhone、iPad、iPod touchといったハードウェア製品そのものとも完全に融合したソリューションとしてブラッシュアップされている点がキモになっている。

 iPhoneとAndroidを比較したことがある人、あるいはMacとWindows機を使い比べたことがある人であれば(全員とは言わないが、かなりの割合で)、こんなことを実感しているのではないかと思う。どんなハードウェアでも利用できるように作られた後付けのサービスと、最初からこの機器、このOSで使うために作り込まれたサービスではまるで体験が違う、と。

 例えば、スプーンやフォークを使って和食を食べることはできるだろうが、やはりフォークで食べたのでは、そばの味(体験)も変わってしまう。これはおそらく多くの日本通の外国人も感じていることだろう。同様に、パスタやビーフステーキをはしで食べるというのも、なんだか別のものになってしまい馴染まないはずだ。

 しっくりとくるように作られたものと、ただ組み合わせたものとでは、使い手の印象も、使う時の体験にも大きな差が生まれる。これは小さなことのように思えるが、ばかにはできない。人間はそうした好き嫌いを、ほぼ無意識のうちに行っている。

 現在はGoogleの一部となったモバイル広告会社であるAdMobが2008年ごろにテレビ局のCBSと共同で行った調査によると、PC用に製作されたWebページをiPhoneで見ることはできるが、これをiPhoneで見やすいフォーマットに作り直すだけで利用は2倍に増えたという。さらにこれをアプリケーションに作り直すと、利用は10倍にまで増えたという結果が出た。何だかもどかしい使い心地の製品を耐えて使い続けてくれるユーザーは少ないが、逆に、しっくりする使い心地をきちんと用意することができれば、ユーザーはますますそれを利用するようになる、というのがこの調査の教訓だと思う。

 そしてアップルは、製品の工業デザインから内部の技術や機構のデザイン、OSのデザイン、その上で動くアプリケーションによる体験のデザイン(APIやガイドラインの用意)、iLifeやiWorkといった、最も基本となるアプリケーションのデザインまで、すべてを統合的にデザインしてきたことこそが、使い心地の点で他社製品とは圧倒的な差を生み出してきた。そして今回、新たにiCloudが加わったことで、さらにクラウドというものもごく自然に調和する形で統合されることになったのだ。

 ユーザーから見ると、ただフォトアルバムに「Photo Stream」という新しいタブが加わっただけ、あるいはiTunes Storeの購入済みの曲に、雲のアイコンが表示されただけの小さな変更にしか見えないが、この自然な調和こそがiCloudの驚くべき点だろう。そしてユーザーがこの体験の素晴らしさを覚えてしまうと、いよいよもって他社がアップルと競い合うのが苦しくなってしまうのではないかと心配にすらなる(こう見えても筆者は、iPhone/iPadの活用をうながす一方で、そのライバル企業にiPhone/iPadとどう戦って行けばいいかの指南も行っている)。

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