さて、ここまで紹介してきた内容を一度、整理しよう。
まず1つは、AdobeがMicrosoftとともに、タッチプラットフォームにおける未来の作業方法を共同で開発していくという発表だ。
それに加え、AdobeはiPhoneやiPadを使ったタッチ操作アプリも重視しており、イラスト系のアプリとして「Illustrator Draw」と「Illustrator Line」、写真加工やスケッチなど画像加工用として「Photoshop Sketch」や「Photoshop Mix」、「Lightroom Mobile」といったタッチ操作を使った加工アプリを用意。一方、iPhoneのカメラを使って素材を集めてくるためのアプリとして、動画の記録と簡単な画質調整などができる「Premiere Clip」、自然の風景などから素敵な色の組み合わせを採取してくれる「Adobe Color」(旧称:Adobe Kuler)、身の回りにあるものを撮影してPhotoshopのブラシにできる「Adobe Brush」、そして身の回りにある形を撮影してIllustratorで活用できるベクトルデータに変換してくれる「Adobe Shape」という9個のiOS用アプリケーションをそろえた。
これらのアプリで採取、加工したデータはすぐにAdobeのクラウドに登録され、Creative Cloudのすべてのアプリから簡単に取り出して作業を続けることができる。
これらのモバイルアプリとデスクトップアプリとのシームレスな統合を可能にしているのがAdobeのクラウドサービスだ。
以前はPhotoshopやIllustratorというのは、できることはすごいが1個のアプリケーションだけで十数万円の値段がし、しかもそれが毎年新しくなるという状態で、コストがかかりすぎるために我慢して古いバージョンを使い続けるという人も多かった。
基調講演後の質疑応答でAdobeのシャンタヌ・ナラヤンCEOは、「あの旧来のモデルでは、新しいOSのアップデートに合わせて、現在、開発中の最新バージョンのPhotoshopに加えて、古いバージョンの新OS対応アップデート版も作らなければならず大変だった」と振り返る。また、「昔は年に1回のアップデートに合わせて、同じアプリケーションの開発に関わる全員が、機能の完成を目指すので大変だったが、今は開発が完了した機能から順次搭載していくため作業としても楽だ」と語っている。
もちろん、毎月わずか数千円という、誰もが手に届きそうな価格で、世界中の人がAdobeの最新製品を使い続けるられることの価値も大きいだろう。
Creative Cloudは、2011年に最初のバージョンが発表されてから3年間、クラウドと言っておきながらも作成したデータを異なる機器、異なるアプリケーション間で連携させる仕組みが弱く、ビジネスモデルばかりが注目を集めてきた。
しかし今回、新たにiOS、Mac、Windowsといった異なるプラットフォームで、作成した書類はもちろん、採取/加工した色の組み合わせやブラシ形状といった情報も含めたアセット、つまり自分が作業に使うデータすべてがAdobeのID、「Creative Profile」にひも付けて管理されることが発表された。
これによってモバイル機器とデスクトップ機器間の連携がスムーズになるばかりか、後に触れるコミュニティやクリエイティブ市場とのつながりにも大きな変化が生まれることになる。このCreative Profileの登場で、ついにAdobeのクラウド時代が本格的に幕を開けたと言うことができるだろう。
Creative Profileは、ユーザーのクリエイティブ作業のすべての行程を支えてくれる作業スペースだ。Web製作の仕事を引き受けた会社のロゴマークや、Webサイトで使う基本ボタンなどの絵はもちろん、色やフォントの種類を増やし過ぎて、かっこわるいWebサイトにしないように、使用する色彩パレットやフォントのセットなどもここにどんどん登録しておく。製作するのが特設ページで、サイト全体のデザインと少しだけ色調を変えたい場合は、例えばiPhoneアプリのAdobe Colorできれいな色を採取してくると、これが即座にアセットの一覧に表示されるので、それを書類に組み込んで活用できる。
クラウドに登録されたアセットは、自分のCreative ProfileのIDとパスワードを使えばWebブラウザからでも参照できる。Creative Cloud Extractという機能が新たに加わったおかげで、Photoshop用の書類(PSDファイル)をWebブラウザ上で参照することもできれば、そのPhotosho書類の作成に使われたカスタムブラシや色彩パレットなどの情報をWebブラウザ上で参照することも簡単にできる。
もちろん、ほかの多くのクラウドサービス同様に、アセットの一部を別のクリエイターと共有することもできるので、そうすると例えば、イラストレーターとレタッチャー、レイアウターといった同じプロジェクトに関わる大勢のクリエイターの間で、常に最新版のアセットが簡単に共有できる夢の作業環境が実現する。これまでのやり方――デスクトップ(や共有フォルダ)内に大量の素材ファイルが散らばっていた環境――に終止符を打ってくれるのかは気になるところだ。
さて、こうしてできあがった作品は、クライアントだけに提出しておしまいにすることもできるが、もしクライアント側に許してもらえるなら、自分の過去の仕事の実績としてクラウドに残すこともできる。Adobeによるクリエイティブコミュニティサービス、「Behance」(ビーハンス)の出番だ。
Behanceは、400万人が登録し、毎日2万件のプロジェクトが投稿される世界最大のクリエイターコミュニティサービスになっている。これまでのAdobe Creative Cloudでも、Behanceの機能が組み込まれ、世界中のクリエイターが製作したたくさんの作品を眺めてお気に入りに登録したり、作品をダウンロードしたり、コメントし合ったりできた。Behanceは、言うなればクリエイター向けのビジネスSNSのような役割を果たしていたわけだ(同社はソーシャルグラフならぬクリエイティブグラフと呼んでいた)。
特徴があるとすれば、過去の輝かしい功績や立ち場、役職といったもので個人を売るのではなく、純粋にクリエイターとして生み出した作品を通して自らを知ってもらう設計になっており、それだけに世界中の才能が集まっていることだろう。Adobe MAXの基調講演では、このBehanceを通して作品を公開し、世界中から注目を集めたクリエイターとして、NY在住のイラストレーター、清水裕子さん(日本でも明石家さんまの番組などで取り上げられた)など何人かが紹介されている。
そして今回、Adobeは、このBehanceのクリエイター発見ツールとしての側面を強調するべく、新たに「Talent Search」という機能を付け加えた。例えば、自社の製品やWebサイトで使いたい画風や作風を持つクリエイターをBehanceのWebサイトで探し、そこから直接、仕事を頼むことができる。契約が成立した場合は、制約料の一部がAdobeに徴収される模様だ。さらにすごいのは、万が一、連絡を取ったクリエイターが人気があり過ぎて仕事が断られてしまった場合、作風が近いクリエイターをすぐに探せる類似検索の機能も用意されていることだ。
このようにCreative Cloudは、コミュニティとの連携でますます魅力を発揮するプラットフォームになっている。Adobeが連携するのはクリエイターだけではない。世界中に大勢いるソフト開発者とも手を組むべく、新たに「Creative SDK」というAPIを公開した。Creative Cloudが、クリエイターの共通プラットフォームとなるためには、多少の競合はあっても、ほかのアプリケーション開発者にも協力してCreative Cloudとの連携を強めてもらったほうが得、ということだろう。
このCreative SDKを使えば、他社製アプリでもAdobe製品のさまざまな書類の操作がAdobe公認の正規な方法で可能になるだけでなく、Behanceでどういった人とやりとりがあるかなども参照し、連携を強化することができる。実際、基調講演ではiPadの人気作画アプリの「Paper」や、イタリアの人気ノートブランド「MOLESKINE」、プレゼンテーションアプリ「Flowboard」を初めとする14社との連携が発表された。
アセットをクラウドに置けるようになったことも追い風となって、今後もさらに連携アプリは増えることだろう。ただアプリをダウンロード提供するだけでなく、すべてのアプリにクラウドの機能を組み込んだことで、Creative Cloudの進化はこれから一気に加速しそうだ。
気がつけば、Googleも、Microsoftも、Appleも、そしてAdobeも、主要な生産性アプリはすべてクラウドベースに移行し始めている。その中で、特にPC上で動作するネイティブアプリの長所と、書類の共有や機器連携が得意なクラウドの長所の両方をうまく取り入れたソリューションという側面では、今回の発表でAdobe Creatve Cloudがトップに躍り出たかもしれない。
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