同じ価格なのに「欲しくない方のPC」を猛プッシュしてくる店員の謎牧ノブユキの「ワークアラウンド」(1/2 ページ)

» 2016年11月22日 06時00分 公開
[牧ノブユキITmedia]
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 量販店でPCを買おうとした際、ほぼ同じ価格でありながら、A社とB社の選択肢のうち、店員がやたらとA社をプッシュしてくる……といったことがある。こちらはB社の製品に魅力を感じているのに、どんなにB社の話題に持っていこうとしても、必ずA社に話を戻されてしまう。A社とB社の製品に、それほどスペックの差がないにもかかわらずだ。

 もちろん、店頭価格が同じでも利益率が異なるケースはあるので、単に店員が利益率がより高い製品を売りたがっている可能性はある。例えば、A社は利益率が15%、B社は利益率が10%であれば、A社製品を売った方がよいのは当然だ。中には店頭価格が安い製品の方が、1台あたりの利益額が大きいという逆転現象が起こる場合もあり、その場合も店員は安い方をプッシュする。

 しかし、冒頭のようなケースでは、利益率に大きな差があることはまずない。そもそも商談の段階で、A社B社ともに互いの利益率を把握してよりよい条件を出そうとするし、量販店のバイヤーもそれを知ったうえで、「あと何%安ければ相手に勝てるんですけどねえ」といった情報をそれとなく流したりするからだ。

 では、何が決め手になって冒頭のような現象が起こるのかというと、それは「インセンティブ」であることがほとんどだ。今回はユーザーからは見えにくい、この摩訶不思議なインセンティブというシステムの仕組みを見ていくことにしよう。

一定の台数を売り切ると巨額のキャッシュバックが発生

 ここで言うインセンティブとは、要するに「今月何台売ってくれたらお礼にこれだけの協賛金をお支払いします」というキャッシュバックシステムのことだ。

 普通にPCを売ったところで1台あたりの利益は1〜2万円程度だが、このインセンティブでは何十万、何百万という巨額のキャッシュバックが行われる。製品の販売で得られる利益をはるかに超えることもしばしばで、量販店はこのインセンティブをゲットするために、目の色を変えるというわけである。

 この仕組みのポイントは、一定の台数を売り切らなくてはキャッシュバックが発生しないことだ。例えば、インセンティブの条件が100台だった場合、99台まではインセンティブはゼロ。100台に達した時点で、初めてインセンティブが発生する。

 インセンティブの実施にあたっては、本部のバイヤーがメーカーからのインセンティブの提案を受け、対象製品の販売ノルマを各店舗に割り当てる。もし本部から与えられたノルマをクリアできず、そのわずかな差が足を引っ張って全社のインセンティブをクリアできなかったとなると、担当者の首が飛ぶだけでは済まない。

 こうした結果、各店舗はインセンティブ付きの製品を売ることばかりに注力するようになり、客から見ると「なぜ価格もスペックも横並びなのに、A社の製品だけがプッシュされるの?」という事態に陥る。事実、このインセンティブの対象期間は、量販店ではトータルでの売上額や利益額よりも、ノルマを達成できたか否かの方がはるかに重視される。たとえ過剰な値引きをしてでも、ノルマの数だけは売り切らなくてはいけない。

メーカーはインセンティブで台数をさばく 販売力のある店舗のみ実施

 こうしたインセンティブの仕組みを知ったとき、恐らくほとんどのユーザーが抱くであろう疑問が「なぜそんな桁違いの額をメーカーは支払うことができるのか」及び「最初から卸価格をそのぶん安くするのではなぜダメなのか」という点だろう。これらについて順次説明していこう。

 まず、そもそもこうしたインセンティブが発生するのは、メーカーが台数をさばきたいためだ。例えば、10万円の製品を8人に売るのと、8万円の製品を10人に売るのとでは、売上は同じ80万円だが、メーカーにとって好ましいのは後者だ。

 というのも、多くの台数が売れれば、量産効果で原価が下がることも期待できるし、何より限られたパイの中で自社製品を選ぶ人が増えれば、相対的に他社のシェアを下げられるからだ。サポートの手間は逆に増えるなど、メーカーにとってマイナス要因が皆無というわけではないが、一般的には売上額が同じなら、台数が多く売れた方が、なにかと都合がいい。

 余談だが、業界で絶大な影響力を持つBCNランキングが売上額ではなく販売台数を基準にしているのも、これを後押ししている。

 ではなぜ台数を売るにあたり、インセンティブという面倒なシステムを用いるのか。むしろ、その店だけ店頭価格が安くなるよう卸価格を引き下げた方が分かりやすいうえ、集計および支払いの手間も発生しないなど効率はよいはずだ。「あの店は安い」という口コミの威力が加われば、インセンティブで定められた数をはるかに超える台数が売れそうにも思える。

 しかし、これも現実的には難しい。というのも、特定の店舗だけ店頭売価を引き下げると、最安値情報がネット経由であっという間に伝搬するこのご時世、値引きしなくても販売できていた店舗、さらに別の量販店までもが安値で売るようになり、メーカーとしては稼ぎどころがなくなってしまうからだ。

 「なぜ、あの店はあんな安値で売れるんだ。うちも同じ値段で売って利益が出るよう卸価格を下げろ」というクレームが別の量販店からも出ることも予想される。

 では店頭売価はそのままで、表からは見えない卸価格だけを下げるのはどうか。要するに利益の幅をこれまでより広く取ることで拡販を促すという方法だが、これは確かに量販店側にとって売るモチベーションにはなるものの、メーカーとしてはどれだけの台数が売れるか読みにくいのがネックとなる。それよりは「100台売ってくれたら何百万円キャッシュバック」とした方が分かりやすいし、既に店頭にある在庫に対して補填(ほてん)を入れる必要もなくなる。

 それゆえメーカーは、購入意欲のある客に対して一定数を確実に売り切ってくれる量販店だけを厳選し、インセンティブの条件を提示するのだ。あらかじめ決められた台数だけ用意すればよいので、メーカーも在庫管理がしやすいという事情もある。価格も現場でコントロールでき、かつ安値が表に出ないことから、転売目的のユーザーが殺到する事態も避けられる。

 さて、本体価格から見て桁外れの額のインセンティブを提示してもメーカーがそれほどダメージを食わないのはなぜだろうか。

 それはインセンティブが製品の粗利率に算入されず、営業経費として計上されるという理由が大きい。つまり、メーカーにとって費用を負担していることに違いはないのだが、売上からマイナスされるのではないため、少なくとも前線の営業マンにとっては、気にせずに商談に注力できる。各営業所の経費として案分される際も、月ごとや四半期ごとに締めるため、なかなか実感として湧きにくい。

 こうしたことから、メーカー社内では卸価格を数百円値引きする稟議は却下になる一方、何百万円ものインセンティブは取引上やむを得ないものとして承認されるという逆転現象が生じる。「あの量販店はインセンティブがないと売上が立たないから(高額の支払いも)やむを得ないよね」といった会話は、現場の営業所でしょっちゅう交わされている。

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