未来を創る「子どもとプログラミング教育」

Appleが考えるこれからの教育――ティム・クックCEO単独インタビュー林信行が聞く(1/3 ページ)

» 2018年04月02日 20時15分 公開
[林信行ITmedia]

教育が人類の行く末を左右する

 「Let's take a field trip.(遠足に行きましょう)」と書かれた招待状でAppleのスペシャルイベントに招かれた。「新型iPad発表イベント」とする報道も多いが、Appleによるこれからの「教育」への提案が本発表の主題だ。

Appleのティム・クックCEO

 「教育」というと「自分には関係ない」と思う読者も多いだろう。だが、AIの台頭で世界が大きく変わる中、「教育」以上に人類の行く末を左右する大事なことはない。

 また、そういう目で「自分事」として見れば、今「教育」以上に面白いテーマはない。筆者も最近ではベネッセ総合教育研究所(BERD)にて「AI全盛時代に向けた教育」をテーマに連載執筆などの活動を行なっている。

 今回、筆者はティム・クックCEOの単独インタビューの機会を与えられたが、そこで一番、聞きたかったのも「これからのAI時代の教育で大事なのは何か」という質問だった。

 クック氏はAIに加えて「AR」も重要だと付け加えた上で、「今こそ倫理を学ぶことが大事だ」という考えを示した。

 「今はまだこうした技術の出発地点。だからこそ技術が人間性から乖離(かいり)した形で発展するのを抑え、むしろ双方を近づけることも可能だ。こうした技術の発展にどのようにすれば人間味を植え付けられるのか、その可能性を探り、理解することが大事だ」とも付け加えた。

 確かにAIは不治の病の治療法の開発に使われたり、ARは人間のコミュニケーション能力を増幅したりといった効果はある。だが、それら全てには「正しく使われればという条件が付く」とクック氏はいう。

 それではこんな時代に、果たしてAppleはどのような教育を広めようとしているのか。

世界を変えたコーディング教育

 今回の発表会に向かう際、1つ心配なことがあった。「教育事情」は国ごとで大きく異なる。つまり、米国での発表会が日本の我々に意味があるのかということ。しかし、これは無駄な心配に終わった。

 基調講演を聞くにつれ、Appleは世界規模で通用する普遍的教育を「既に実践していた」ということに改めて気付かされた。

 1人でも学校でも学べるように設計されたプログラミング学習の世界的カリキュラム「Everyone Can Code」だ。2016年の夏に米国向けに発表されたが、2017年には日本を含む世界20カ国での展開が始まった。国内でも立教小学校や山梨英和中学校がプログラミングではなく英語の授業に、生徒たちが学んだ英語をすぐに役立つ形で活用できる手段ということで採用し、実際に成果を出している。

 また、横浜の「はまぎん宇宙科学館」など学校外で受けられる教育プログラムでの採用も始まっている(今の小学生はちょうど学習指導要領が変わる狭間にいて、今後の企業人の資質として重視されるプログラミング教育を学校で受けられない子どもは多い。そのため、機会を与えようと熱心な親が増えているのだ)。

 こうした日本に元々あった機関での採用に加えて、なんとApple自身も全国にあるApple直営店で、事前予約さえ入れれば、このカリキュラムの個人指導を提供している。

 「Everyone Can Code」というプログラムを世界展開した結果、有名大学の生徒だけでなく世界中の多くの学生が驚くべき成果をあげたのをクック氏は見てきたと話す。「良いプログラムを作るのに大学で学位を履修する必要はなく、それがなくても驚くような成果が出せます」とクック氏。

 そんな「Everyone Can Code」だが、今回クック氏に、「このカリキュラム開発には実は前段階があった」という話を聞いて腰を抜かした。

 「我々は、ただプログラミングを教えるカリキュラムを作っただけではなく、まずはプログラミング言語を作るところから始めました。なぜなら、それまでのプログラミング言語は見た目が技術的過ぎて難解だったり、ある意味、オタクっぽかったからです。過去にプログラミングを学ぼうと思った人々が少なかったのはそのためだと思います。彼らはコードを書くことで自己表現をしていると思えなかったのです。だから、我々のハードウェア製品と同様の親しみやすさ、使いやすさを備えたプログラミング言語を作ることにし、その後、人々が簡単にプログラミングを学び始められるよう独習教材の『SwiftPlayground』を作り、さらにはこのSwiftPlaygroundを核に教育カリキュラムである『Everyone Can Code』を開発しました」

 「アプリ開発」という21世紀の花形職業を生み出したAppleが「Everyone Can Code」を通して、世界中にコーディングのスキルを持つ人々を増やそうとするのは自然なことだ。

 だが、Swiftというプログラミング言語を開発したのが、そのための事前準備だったとは改めて驚いた。確かにそれまでのプログラミング言語の多くは、歴史の紆余曲折で便宜を重ね、決して体系的に美しいものにはなっていなかった。人々に学ばさせる前に、学ばせる主題を価値ある美しい土台としてデザインし直すというのは、Apple以外の企業ではなかなか実践してくれそうにない、「未来への責任感」を感じさせる取り組みだ。

 もちろん、「Everyone Can Code」は、ただ職業プログラマーを生み出すためだけのカリキュラムではない。クックCEOは、プログラミング的思考を身につけることで「生徒が知らず知らずのうちに『課題解決』の技能や『批判的思考』の技能も習得できる」と語る。

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