日本でもインターネット絡みで著作権の問題はよく話題になりますが、欧州連合(EU)では新しい著作権についての指令案が物議を醸しています。
EUの立法議会である欧州議会は7月5日(現地時間)、この著作権新指令案について投票を行いましたが、賛成278、反対318、棄権31で否決されました。
この結果に、ネットの自由を守りたい人たち(Wikipediaとか、Webの父ことティム・バーナーズ・リーさんとか、Mozillaとか)や、可決されるとビジネスに直接影響のあるGoogleなどが喜んでいます。逆に、可決してほしかったのは、サー・ポール・マッカートニーなど、コンテンツの権利を持つアーティストやレコードレーベルです。
今回の投票結果でこの指令案が葬られるわけではなく、これから成立に向けて改善していき、9月の議会でもう一度投票にかけます。
なので、そもそもこの指令(指令というのはEU法の一種で、条約や規則より緩く、措置の取り方は各加盟国が決められるもの)の何が物議を醸しているのかについて、緩くですが整理しておきます。
この指令案は、従来の著作権指令を「インターネット時代に合ったものにしよう」という目的で考えられました。しかしその中の、著作権者を守る目的の条項が「やりすぎなんじゃないか、やってもうまくいかないんじゃないか」ということで反対する人たちがいます。
問題になっているのは第1章「出版の権利」の第11条「デジタル利用に関する報道出版の保護」と、第2章「オンラインサービスによる保護されたコンテンツの利用」の第13条「ユーザーがアップロードした大量の作品や素材を保存してアクセス可能にする、情報社会サービスプロバイダーによる保護されたコンテンツの利用」の2つです(ポール・マッカートニーが支持しているのは第13条の方)。
第11条は、「Link Tax(リンク税)」と紹介されることもあり、あたかも「リンクを貼っただけで著作権料を払わなくちゃいけないのか」と思わせる報道もありますが、そんな極端なものではありません。
第1項に「加盟国は、加盟国で設立された報道出版社に対し、情報社会サービスプロバイダーによる報道出版物のデジタル利用について、2001/29/EC指令の第2条および第3条第2項に定める権利を付与しなければならない。上の権利は、報道出版物の重要でない部分の利用には適用されない」とあります。
「報道出版社」というのは、この記事を載せているITmediaのようないわゆるメディアのことです。「情報社会サービスプロバイダー」はいわゆるプラットフォーマーのGoogle、Twitter、Facebookなどのことです。「定める権利」というのは、複製権と公衆に利用可能にする権利、です。
つまり、ユーザーがメディアの記事について投稿したら、プラットフォーマーはそれについて著作権料をメディアに支払うように、ということです。
ポイントは「重要でない部分の利用には適用されない」ということです。どこが重要でないかは各加盟国が決めることですが、さすがにただのリンクの表示を重要だとする国はないでしょう。要は、ただのリンクではなくて、リンクが「スニペット」(記事のタイトル、サムネイル画像、記事概要など)として表示される場合についての指令です。
例えば、TwitterでITmediaの記事のURLをツイートすると、以下のようにタイトルと短い説明テキスト、画像が1つ、自動的に表示されます。
インパクトのある画像が表示されれば、もしかしたら記事に興味を持ってもらえて、タップして記事に飛んできてくれるかも、とメディアは期待します。でも実際にはこのツイートを見ただけでリンク先にわざわざ来てくれる人はそう多くないものです。
メディアは「TwitterやFacebookでタダで記事の宣伝ができているんだから何の文句があるんだ」と思う半面、記事を読みにサイトに来てもらえなければ「TwitterやFacebookを充実させるためにタダでコンテンツを提供しているようなものだ」と思うかもしれません。
「表示回数−記事に飛んだ回数」分の著作権料をメディアに払うのならまだ公平かもしれません。でも、プラットフォーマー側が「そんなの面倒くさいからスニペット表示をやめよう」となったら、ネット全体がつまらなくなりそうです。
リンクが全て1990年代のように青い文字だけになったら、Twitterのタイムラインはだいぶさみしくなります。あるいは、EU加盟国にあるメディアのURLだけスニペットにしない、というシステムにするかもしれません。そうしたらユーザーは同じテーマの記事だったらスニペットが表示される非加盟国の記事を選んで紹介するかもしれず、そうしたら指令改定の目的(メディアの保護)と逆の結果になります。
9月までにいいバランスの解決案が浮かぶでしょうか。
第13条は主に、Google傘下のYouTubeを想定した条項です。YouTubeは著作権を侵害している動画への対策を含むいろいろな努力はしていますが、まだまだ完全ではありません。
そこで第13条は、YouTubeのような情報社会サービスプロバイダーはユーザーがアップロードするコンテンツについて、権利保有者との合意に基づく機能(ロイヤリティーについての取り決めなど)がちゃんと機能するよう、効果的なコンテンツ認識技術などを構築するように、という内容です。
これが簡単にできるなら、Googleほどの技術力のある会社ですから、とっくにやっているでしょう。それができないから困っているのです。もしこの指令が可決されたら、リスク回避のため、危なそうな動画は極端にフィルターするようになるかもしれません。
YouTubeほど財力のある企業ならまだいいのですが、動画で一旗揚げようという新興企業はこの指令を恐れて動けなくなりそうです。
また、第13条で対象としているのは「ユーザーがアップロードした大量の作品や素材」なので、動画に限らず、画像や音声、テキスト、コードも含まれます。うっかりパロディーも作れず、インターネットを活性化している「ミーム」が成り立たなくなると危惧されています。少なくとも、もうちょっと定義をはっきりさせた方がよさそうです。
GDPR(一般データ保護規則)もですが、EUの法律は結構アグレッシブで先を行くものです。2カ月の検討で世界のお手本になるような指令に仕上がるといいのですが。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.