撮影した写真が映し出されるのは「Liquid Retina HD Display」だ。LiquidはLCD、つまりiPhone 8以前のiPhoneが採用していた液晶ディスプレイ方式であることを示している。
画面の美しさで定評のあったiPhoneは、iPhone XおよびXSシリーズで黒がしっかりと沈む有機ELディスプレイを採用し、画面表示の美しさがさらなる飛躍を遂げたのに対して、iPhone XRは旧来の液晶ディスプレイ方式に戻る。ただし、液晶の中では歴代の中でも最も美しいものを採用している(一部では、この日本製の液晶の完成を待ったからこそ出荷が遅れたとも言われている)。
画面の解像度は、iPhone XやXSシリーズと比べると一段落ちるが、iPhone 8と同じ326ppiで、1792×828ピクセル。iPhone XS Max、iPhone XおよびXSに次ぐ大きさの6.1型ディスプレイは、迫力の映像を楽しむのにも、指を滑らせる操作をするのにも心地よく、横向きに構えたときにはiPhone XSに負けない広がりのある音を楽しめるスピーカーも内蔵している(店頭でこの音の広がりを試してみてほしい。映画や音楽を聴くときだけでなく、ゲームプレイ中にも大きな変化をもたらす)。
防沫性能、耐水性能、防塵(ぼうじん)性能もiPhone XSのものよりは、わずかに落ちるもののしっかりついており、コーヒーや紅茶などをこぼしても大丈夫なことはテスト済みだという。その他、顔認証のFace IDやSuicaを含むApple Pay、非接触充電など、iPhone Xシリーズとしての基本仕様は一通りそろえており、“X体験”の入門機としては必要十分だ。
それでいて、これだけ手ごろな価格を実現できたのはどういうことなのか。それを探るとiPhone Xの必須条件が見えてきて面白い。
コストを抑えている最大の要因の1つは、既に記した液晶ディスプレイの採用だろう。そしてこの液晶は画面こそきれいだが、iPhone 6s以降で搭載されてきた3D Touch(強押し)の技術が割愛されている。インターネットを探すと「3D Touch」機能はほとんど使わない、という人も多いので、それほど気にならない人も多いかもしれない。
だが、ホーム画面のアイコンを強く押すとムニュっとメニューが飛び出てきて、さまざまな機能を直接呼び出せるあの操作に慣れてしまった人は物足りなさを感じるだろう。
筆者が最もよく3D Touchを利用するのはロック画面から即座にカメラを起動したり、懐中電灯の機能を呼び出したりするときだ。実はiPhone XRのロック画面にも同様に左には懐中電灯、右側にカメラのアイコンが表示されるが、3D Touchがないため長押し操作をして呼び出すことになる。長押しといっても、待つのは1秒未満で大した時間ではない。ただ、自分の意図したタイミングですぐにオンにできる3D Touchに慣れてしまった人には少し焦れったく感じる。
ちなみにiPhone XRでは、3D Touchはないものの3D Touchっぽい触感を再現すべく、ボタン操作が認識されると、押した指にピクっという触覚フィードバックがあるため、画面を見ていなくても操作がきちんと認識されたかを感じ取ることができる。
触覚フィードバックは、実は2種類ありアプリの切り替え画面になったときなどには本体全体がビクっと震えたような触覚があり、こちらはiPhone X世代の共通の体験となっている。
上記のロック画面の指に返ってくる「ピク」は、他に英字キーボードのスペースを長押しし、カーソル操作モードに切り替わったときなどで採用されている。3D Touchを備えた機種と比べると「ピク」という反応が強めで、その分、遅く重たく感じる。
また、iPhone XRを手に持ったときの重さの印象は、iPhone 8やiPhone XSよりもiPhone 8 PlusやiPhone XS Maxに近く、ボディーの厚さも約8.3mmと一回り厚い。とはいえ、厚みや重さはケースを付けてしまうと気にならない要素の1つなので、それほど重要ではないかもしれない(なお、今回AppleはなぜかiPhone XR用には純正のケースを一切用意していないようだ。本体の色味を楽しむべくケースに入れずに使ってほしい、ということだろうか)。
非常に細かいところに目を向けると、アンテナ用の切れ目が減っていたり、これまでAppleが11年のiPhoneの歴史の中で常にこだわってきた本体下側の充電用端子(Lightning端子)の位置が中心軸でそろっていなかったりといった違いはある。そうしたことまで気にする人は、iPhone XS、XS Maxを選べばいい。
iPhone XRは、iPhoneをiPhoneたらしめている快適な操作や、美しい画面、優れたカメラ性能などを全て取りそろえており、iPhone X時代の先進的な体験を楽しみ、未来世代のアプリもフル性能で享受できる。
そんなiPhone XRについて、Appleがただ1つだけ間違いを起こしたとすれば、それは同製品の発売がiPhone XSよりも後になってしまったことだ。
世の人々に、先にiPhone XRに触れてもらうことができたなら、多くの人が「最新iPhone」の先進的な魅力を堪能した上で、さらにその上の体験を提供するiPhone XSの登場に対して、「なるほど、こんな上質な体験もできるのか、これは価格差にも納得できる」と感じただろう。
しかし、先にiPhone XSが出てしまったことで、先にそちらを触ってしまった人が、後からiPhone XRを触ってしまうと「なるほど、こうやってコストダウンを図ったのか」と見えてしまう。
順番の後先でXRだけでなく、XSシリーズの印象も全く変わったものになってしまったのは少し残念だ(Appleとしては、iPhone XRの先行発売を狙っていたのが、高品質の液晶にこだわったが故に起きた順番の逆転ではないかと筆者は推察している)。
これはAppleにとっても、非常にもったいない誤算だったと思う。
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