WWDCで鮮明になった「Apple=安心ブランド」という戦略「安心」を土台にデジタル技術の未来を再構築(2/5 ページ)

» 2019年06月19日 07時00分 公開
[林信行ITmedia]

IT業界における20年の常識を再構築する

 Sign in with Appleが提供される背景には、もう1つの理由がある。これまでのソーシャルメディアを使ったログインは、サービス提供者があなたの性別や年齢、誰と友達かなどの個人情報を収集する目的で使われることが多く、あなたのソーシャルメディアのアカウントを使って勝手に投稿をする「なりすまし」に近い行為をも可能にすることがあった。

 こうしたことはサービス提供者にとっては自社の宣伝ができたり、収益を得ることができたりとメリットがあったかもしれないが、ユーザーにとっては必ずしもメリットがないどころか、デジタルライフスタイルの質を低下させることにもつながりかねない。

 もちろん、ある程度、テクノロジーに詳しい人なら自己防衛ができるかもしれないがテクノロジーに詳しくない人は、こういったサービスの悪行に対して無防備で、これまで搾取されるままだったことが多い。

 Sign in with Appleを使った簡単ログインはiPhoneなどのiOS機器だけでなく、iPad、Mac、Apple Watch、Apple TVといった「Apple」ブランドの製品で提供される。

Sign in with Apple Appleのメッセージはシンプルで明確だ

 筆者は長年、Appleを取材し何人もの重役のインタビューもしてきたが、そうしたインタビューを通して常に実感するのが、同社が自社製品から得る顧客体験を非常に重視し、そこに責任を感じている、ということだ。

 例えばAppleが、1990年代中頃、Macのメモリをユーザーが勝手に増設できなくしたのも、当時、安価な他社製メモリが増え、これがMacの動作を不安定にし評判を落とし始めたのがきっかけだった。

 iPhoneのアプリでは、ウィルスなどのマルウェアの影響を受けたり、不快感を与えるアプリを目に触れないようにしたりApp Storeで常に基準を見直しながらも、きちんと管理するやり方で大成功をもたらした。

 人によっては、こうした姿勢を「他社製品が原因で印象が悪くなるのを嫌っているだけ」と見る人がいるだろうが、その結果、ユーザーが安心して心地よくApple製品を使える、という事実には変わりがない。

 これは「自由度が高いほど良い」とされてきたテクノロジー業界では珍しいかもしれないが、高級ファッションブランドなど、人々のライフスタイルを築くブランドでは当たり前の姿勢だ。Appleが、このかたくなな姿勢を守っているからこそ、同社製品を使っていればテクノロジーに詳しくない人でも、変な目にあわずに安心してデジタルの恩恵を受けられる、ということにもつながっていく。

 若い人の中には、もしかしたらそうはいってもインターネットのサービスを無料で提供するには広告が必然だし、ある程度のプライバシー情報を提供することは仕方がないと思っている人がいるだろう。

 しかし、あのGoogleですら、最初から広告モデルを前提にしていたわけではない。筆者がGoogle創業者のラリー・ペイジ氏を2001年にインタビューした頃、同社はまだ収益モデルを模索中で「広告ビジネスも可能性の1つではあるが、他にないか模索している」と語っていた。そのすぐ後に採用した広告モデルが、あまりにもうまく行き、膨大な利益を産んでしまったことから、広告の効果に最適化し過ぎた現在のIT業界の状況が生まれた。

ペイジ Google創業者の一人で、現アルファベットのCEOでもあるラリー・ペイジ氏(写真は2001年取材時)

 ITビジネスとは、フリーであり広告モデルを使うのが常識と思っている人も多いが、それはまだ20年ほどの実績しかない実験に過ぎない(最近、Googleがハードウェアの開発や販売に力をいれているのは、広告ビジネスへの依存し過ぎを懸念しているからかもしれない)。

 そして最近のAppleや欧州連合(EU)の動きは、この実験の終焉(しゅうえん)または方向転換を迫っている。そういえば、サンフランシスコで訪れた人流解析の会社(MotionLoft)や、Amazonの競合となるレジ無しショッピングを実現するStandard Cognitionといった会社も、これまでのシリコンバレー流ビジネスに反旗を翻し、Appleにつづけと言わんばかりに「プライバシー保護」を声高にうたっていた。

Motion Loft 米国の街中や店舗での採用が進むMotionloftのセンサーは人、自転車、自動車などの流れを正確に把握するが、個人の特定は行わずプライバシーに配慮した設計ということで人気を博し採用が広まっている
Motion Loft レジ無しスーパーといえばAmazon Goが有名だが、膨大な数のカメラを設置して個人を特定する同サービスに対抗するStandard CognitionのStandard Storeは、より少ないカメラで済むことに加えて、個人情報を収集しないことを大きな強みとしている。

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