米Appleのハードウェアとソフトウェアのデザインを統括してきたサー・ジョニー・アイブがAppleを去るというニュースには驚きました。驚いてから、「そんな気がしてたかも」とも思いました。今年後半に退社した後は、2020年に独立したデザイン会社を立ち上げ、Appleは主要クライアントの1社となります。お疲れさまでした。
思わず本棚から「ジョナサン・アイブ 偉大な製品を生み出すアップルの天才デザイナー」(2015年日経BP刊)を抜いて再読してしまいました。
27歳のアイブ氏が1992年にロンドンからカリフォルニアのAppleに入社し、1997年にスティーブ・ジョブズ氏がCEOとして復帰してからの数年間、2人が出会ってデザインについての考え方を高め合っていくシーンは、はらはらわくわくします。
ジョブズ氏の絶大な信頼を得たアイブ氏とそのチームは、あの衝撃的なボンダイブルーの「iMac」をはじめ、現在の「Appleらしさ」につながる製品を生み出してきました。
ジョブズ氏が2011年に亡くなってからは、アイブ氏がAppleの製品のあるべき方向性を示してきました。ティム・クックCEOは流通に関しては天才的ですが、製品開発にはジョブズ氏のように口を出さずにアイブ氏を尊重してきました。
当時のAppleの製品発表イベントでは、アイブ氏の英国なまりの製品紹介動画が名物になっていました。広島弁のパロディーが登場するくらい。
でも、2015年に「Apple Watch」が発売されたころから、アイブ氏はデザインの責任を少しずつ減らしていったと米Bloombergのマーク・ガーマン記者が6月28日付の記事で報じています。週に2回くらいしかチームに顔を出さなくなっていたそうです。
アイブ氏は「すごく疲れちゃった」と言っていました。Appleはアイブ氏の苦労を減らしつつ、気持ちよくAppleにいてもらうために、最高デザイン責任者(CDO)という新しいポジションを作って任命したのでした。匿名希望の中の人は、「25年もAppleにいれば誰だって疲れる。ものすごい緊張が続く仕事だし」とBloombergに語ってます。
アイブ氏はジョブズ氏が最後に情熱を傾けていた新キャンパス「Apple Park」の完成で一区切りだと思ったようです。もしかしたら、ジョブズ氏がやりたかったことは、これで全部果たせたと思っているのかもしれません。
アイブ氏はAppleを離れても、関わりは続けると言っています。でも影響力は減るでしょう。そして、AppleのCDOの座は空席になります。
今後のデザインチームは、インダストリアルデザイン担当のエバンス・ハンキー副社長と、ヒューマンインタフェースデザイン担当のアラン・ダイ副社長が2人でまとめていきます。そして、アイブ氏はクックCEOの直属でしたが、ハンキー氏とダイ氏はジェフ・ウィリアムズCOO(最高執行責任者)の直属になります。
ウィリアムズ氏はApple Watchの開発を監督した実績がありますが、1998年の入社時はプロキュアメント(資材調達)責任者としてで、その後もサプライチェーンやオペレーションなど実務畑の人です。大胆なデザインにゴーサインを出せるのか、少し心配でもあります。
アイブ氏が率いてきた精鋭部隊のデザインチームも、ここ数年で新陳代謝がありました。Appleは今、「ARメガネ」に取り組んでいるといううわさですが、比較的新しいメンバーで、ブレークスルーを起こせるでしょうか。
アイブ氏の新会社に自身がAppleに引き込んだマーク・ニューソン氏も参加するそうです。この人もApple入りするまでは英国にいたので、新会社はアイブ氏の故郷である英国で立ち上げるのかもしれません。Financial Timesのインタビューでは「今はウェアラブルに興味がある」と語りました。Appleの仕事だけでなく、興味のある分野で自由にデザインできるのであれば、アイブ氏にとっては明るい未来です。
Appleにとってはどうでしょう。アイブ氏が離れる意味が分かるのは数年先かもしれません。
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