ところで賢明な読者ならお分かりと思うが、ArmがライセンスしているCPUコアとAppleのArm互換CPUコアは設計が異なるものだ。Armは3つの経路でライセンスをしている。
まずはプロセッサライセンスで、Armが設計したプロセッサをそのままライセンスしている。現在、最も高性能なものは「Cortex-A77」で、先日「Cortex-A78」という約20%高速化したコアのライセンスが始まった。ライセンスを受けた側は、コアやその周辺の制御回路の設計、GPU設計などを適時ライセンスし、自社の半導体設計に組み込む。
加えて、新たに「Arm Cortex-X Custom」というプログラムも始まっている。これはArm設計のコアをカスタマイズするという手法だ。その最初のIPである「Cortex-X1」はCortex-A77と比較して30%高速化するというが、カスタム化したベンダーの名称は公表されていない(Samsungあたりがパートナーになっていそうだが)。
最後にアーキテクチャライセンスというものもある。これはArmから命令セットのアーキテクチャをライセンスし、自社がゼロベースでプロセッサの設計を行う権利だ。かつてはDECが「StrongARM」プロセッサを開発(後にIntelが買収)し、Armの性能が急激に高まった。
Appleはこのアーキテクチャライセンスを保有し、Armに対して(自社が)必要な機能を新しい命令セットとして追加するように促しながら、独自に設計を洗練させてきた。コアあたりの性能が高いのが特徴で、他社がArm提供のコアを4つ載せるところ、自社設計の2コアで同等の性能を出してきた。
iPad Proに搭載されているSoCの「A12Z Bionic」は、ベンチマークテストのGeekBench 5におけるシングルコアのスコアが1115前後でマルチコアは4620程度だ。冷却ファンのないタブレットでの性能ながら、冷却ファンがある「MacBook Air」の第10世代Core i5搭載モデルと同等のシングルコア性能と、大きく凌ぐマルチコア性能(MacBook Airはマルチコアのスコアが2600程度)を有する。
しかし、Appleの最新Armコアである「Lightning」はさらに高速化しており、iPhone 11では1320をわずかに超えるスコアを出した。コアあたりの性能ゲインは実に20%近くに達する。つまり、既にAppleの設計するArmコアは、シングルスレッドの性能でIntelやArmと勝負し、条件によっては勝てるところまで進化していることになる。
これらのスコアがiPhone 11で出されてることを考えれば、消費電力あたりの性能が高いことはもちろんだが、発熱が少ないとも考えられ、マルチプロセッサ環境における絶対性能でもApple SiliconはIntel CPUよりも優れた性能を発揮できる可能性が高そうだ。
A12Z Bionicが冷却ファンのないiPad Proで大きな発熱の問題なく高性能を引き出せていることを考えると、恐らくTDP(熱設計電力)はIntel CPUにおける5W程度、多くとも7W程度に収まっているのではないだろうか。
一方、年末に登場するApple Silicon搭載MacはMacBook Airと同等なら10W、13インチMacBook Proのレベルなら28W、16インチMacBook Proの筐体ならば45W(GPUのTGPが50W)まで許容できる。これだけの発熱が許容できるならば、シングルスレッドでIntel CPUを超えることはもちろん、さらにGPUを強化していく道もある。
必ずしもTDPの上昇=高性能というわけではないが、Mac向けに開発されているApple Siliconは、自社開発のOSとともにその仕様を決められるという点で、Appleにとってフリーハンドに進化の方向を決められる。
Apple Siliconが「MacBook Pro」や「iMac」の領域で、恐らくIntel CPU搭載Macよりもよい結果を出せるだろうことを予想するのは簡単だ。UMAをうまく使ったアプリが登場すれば、というよりも既にApple自身が「Final Cut Pro X」や「Logic Pro」のデモを行っているように、電力効率を高めたい領域での性能は疑うところがない。
一方で未知数なのが「Mac Pro」の領域だ。「16インチMacBook Pro」のレベルであれば、外部GPUのローカルメモリとのメモリコピーによるオーバーヘッドなどを考えると、Apple Siliconにはすぐには切り替わらなくとも、将来的に置き換えていくシナリオは見えなくもない。
しかし、Mac Proをどう置き換えていくかは、Apple自身の計画に依存する。Mac向けApple Siliconにプロセッサをネットワークでつなぐ高速通信インタフェースを搭載し、サーバ向けやハイパフォーマンスコンピューティング向けに応用を効かせられるよう作っている可能性もあるだろうが、現在は全く分からない(とはいえ仮想化のサポートやLinuxが動作しているデモを見せていることから、データセンター向けの用途が視野に入っていることは間違いないと思うが)。
「今後、2年をかけて移行していく」という最後の課題は、恐らくMac Proの領域になるだろう。また、自社データセンターに導入するサーバ群に採用していければ、パフォーマンスのチューニングと、プロセッサの開発コスト回収の両面で利益がありそうだが、現時点で確たる情報はない。
しかし、移行期間を2年と明言した理由は、Mac Proも含めた全領域をカバーするロードマップが既に存在しているから、と考えるのが自然だ。
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