2035年、ゲームグラフィックスは「オール・パストレーシング時代」へ――レイトレーシング技術の“先”を見つめるレイトレーシングが変えるゲームグラフィックス(第4回)(1/3 ページ)

» 2023年07月20日 12時00分 公開
[西川善司ITmedia]
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 筆者の連載「レイトレーシングが変えるゲームグラフィックス」では、過去3回に渡ってレイトレーシングとゲームグラフィックスの関係を考えてきた。ここで一度総括してみよう。

 第1回は、「レイトレーシング(レイトレ)とはどんな技術なのか?」という基本事項を整理した。

 第2回では、2020年頃から潤沢に出始めたレイトレ技術を採用したゲームグラフィックスの実例を紹介すると共に、その傾向を考察した。

 そして第3回では、現行のレイトレ技術を採用したゲームグラフィックスを巡る“実情”を紹介。活用できる「レイ予算」が貧弱なため、どうしてもノイズまみれになってしまう描画結果に対して、ノイズを低減する「デノイザー」という技術が著しく進化を遂げたことに触れた。

1回目 第1回では、レイトレが「3Dシーン内に探査機を飛ばして、情報を回収しながら描画する」というイメージを示した(図版はインプレスから発売されている拙著「ゲーム制作者になるための3Dグラフィックス技術 改訂3版」から引用)
2回目 第2回では、ゲームで実際にレイトレがどのように使われているのか、PlayStation 5版の「ラチェット&クランク パラレル・トラブル」などを例に挙げて解説した(右側画像のツルツルとした床面に映ったバルーンが、レイトレで描画されている)
3回目 第3回では、レイトレの要となる「レイ」がどうしても足りなくなるため、そのことで生じるノイズを抑制する「デノイザー」が進歩したことに触れた(上がデノイザー適用前、下が適用後のイメージ

 過去3回の話をざっくりまとめると、「PlayStation 5やXbox Series X|Sに代表される新世代ゲーム機のGPUはもちろん、PC向けハイエンドGPUでも、全ての表現要素をレイトレで賄うことは現状において不可能」ということになる。

 結局、当面の間、レイトレ技術は、従来のラスタライズ法によるレンダリングでは品質的に厳しい表現――例えば鏡像表現――を中心に使われ、余力があれば他用途にも使われるという、ワンポイントリリーフ(場合によってはツーポイントやスリーポイント?)的な活用手法が当面続くと思われる。

 では、全ての表現要素をレイトレでカバーできるタイミングは訪れるのだろうか……? 第4回は、この疑問への答えを模索する。

2024年、レイトレとラスタライズは「併存」から「共存」に?

 この疑問に対して、GPU開発企業の大手であるNVIDIAにおいてリサーチサイエンティストを務めるモルガン・マクガイア氏が「SIGGRAPH 2019」において行った「From Raster To Rays In Games」という講演の中で興味深い予測を披露している。

 氏の予測によると、2024年以降はレイトレとラスタライズが“共存”する時代となり、2035年以降は「パストレーシング(パストレ)」の時代へと進むという。

マクガイア氏 SIGGRAPH 2019で講演するマクガイア氏。講演のタイトルは「From Raster To Rays In Games」だった
スライド マクガイア氏が講演で使ったスライドの一部。レイトレーシングとパストレーシングのタイムラインが示されている

 先述の通り、現在のレイトレ対応GPUでは、ゲームグラフィックスの全要素をレイトレ処理することは困難である。ゆえに従来の描画手法であるラスタライズ法を併用しなければならない。

 ……と、ここで「ラスタライズ法って何?」という人もいるはずなので、簡単におさらいしようと思う。

 ラスタライズ法は、ポリゴン(三角形)を使って構築した3Dシーンをポリゴン単位で描画していくに当たり、ポリゴンを画面上のピクセルに分解(ラスタライズ)して描画する手法だ。CPUに統合されたGPU、スマホ/タブレットやゲーム機のGPUはもちろん、分厚いカード(あるいは巨大なチップ)で提供されるハイエンドGPUに至るまで、リアルタイム3Dグラフィックスを処理するGPUには、必ずラスタライズ法のパイプライン(演算過程)が備わっている。

 リアルタイム描画を実現するために、ラスタライズ法ではパイプラインに大胆な“割り切り”が施されている。もう少し詳しく説明すると、照明の計算は「直接光」に限定され、第三者による遮蔽(しゃへい)は無視される。パイプラインに入力されるデータも、画面内の描画範囲に入っているものに限っている。この割り切りゆえに、ラスタライズ法では本来、「影」の生成や「間接照明」といった表現を自動で行えない。

 しかし2000年、多様なグラフィックス表現をソフトウェアで実装できる「プログラマブルシェーダー技術」が開発されたことで、ラスタライズ法でも複雑な描画表現を行えるようになった。

ラスタライズ法 ラスタライズ法は、大胆な“割り切り”をすることでリアルタイム性を担保している(ゲーム制作者になるための3Dグラフィックス技術 改訂3版より)

 話を元に戻そう。このラスタライズ法とレイトレがしばらく“併存”するという見通しについて、マクガイア氏も見立て自体は同様だ。しかし、同氏はこの併存期間を「2019年から2023年まで」と、明確な時間軸をもって予測していることが興味深い。

 2023年現在、レイトレに非対応のGPUはまだまだ多く残っている。そのため、多くのレイトレ対応ゲームは、以下の仕様で作られている。

  • レイトレ対応のゲーム機/GPUでは、“一部の表現”をレイトレで処理
  • レイトレ非対応のゲーム機/GPUではラスタライズ法で“代替表現”を実施(レイトレ対応GPUでも、要求スペック未満の場合はこちらを選択)

 マクガイア氏のいう「レイトレとラスタライズの“併存”」とは、この使い分けのことを指している。同じシーンをレイトレとラスタライズの両方で実装しなければならないという点で、ゲーム開発者にとって面倒な状況にあるのだ。

PS5 PlayStationプラットフォームを擁するソニー・インタラクティブエンタテインメントは、今でもファーストパーティーの人気作品を「PlayStation 5(≒レイトレ対応版)」と「PlayStation 4(≒レイトレ非対応版)」で作り分けて販売している(画像は「Horizon Forbidden West」のPlayStation 5版)

 先述の「一部の表現」と「代替表現」は、ラスタライズ法では描画が難しい表現のことを指す。具体例としては、影の生成、間接照明表現、そして鏡像の生成が挙げられる。詳細を知りたい人は、連載の第2回で解説しているので参照してほしい。

 ラスタライズ法が苦手なこれらの表現も、長年に渡るプログラマブルシェーダー技術の進化によって、レイトレに近い感じで描画できるようになった。これが「代替表現」なのだが、実例もあるのでチェックしてみてほしい。

ゼルダ 任天堂の携帯ゲーム機「Nintend Switch」のGPUのピーク性能は0.5TFLOPS(FP32演算時)と、PlayStation 5の20分の1程度しかない。しかし、それでもプログラマブルシェーダー技術には対応しており、それを活用した「Screen Space Reflections(SSR)」という技術で疑似的な映り込み表現を行うタイトルもある。SSRによって、非常に淡いながらも動くリアルタイムな鏡像を表示できるようになった(画像は「ゼルダの伝説 ブレスオブザワイルド」)

 マクガイア氏は講演で、2024〜2034年くらいになるとレイトレ対応GPUの性能が大きく向上し、レイトレとプログラマブルシェーダーの共存に移行できるという見立てを述べている。

 これは「一部の表現」においてレイトレ版とラスタライズ版を別個に用意せずに済むようになり、レイトレが得意とする表現はレイトレで、ラスタライズ法が得意な表現はラスタライズ法で、という使い分けがようやく実現するということを意味する。

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