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“アプリストア解放”法案に識者2人が警告 縦割り行政による偏った立法が子供たちを危険にさらす理由(3/3 ページ)

» 2023年08月10日 06時00分 公開
[林信行ITmedia]
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法案がもたらす危険性

 では、一体どんな危険があるのだろうか。

 例えば、子供たちを有害なコンテンツから守るフィルタリング機能がある。これは現在、標準ブラウザのSafariで提供されている機能であって、例えばLINEなどのアプリ上でWebページを開いた場合には適用されない。

 アプリ上でのWebページの表示は、アプリが何を表示するかを管理しているからだ。つまり、この仕組みを悪用して子供たちに「フィルタリングしていて見られないWebページも、このアプリなら見ることができるよ」と誘惑して、フィルタリングを無効化する抜け道を子供たちに提供し、危険にさらすアプリが作れてしまうと尾花氏は指摘する。

 「例えば、女子の個人情報だけを盗もうとして作られる女子用のチャットルームのようなアプリが作られることもあるでしょう。技術を悪用しようと思っている人たちの方が頭もいいし技術力も高いので、サイドローディングができるようになって、AppleやGoogle、Microsoftの検査が入っていないアプリがダウンロード可能になるのは恐ろしい。そこから子供たちを守る術がないんです」(尾花氏)

 サイドローディングが始まっていなくて、公式ブラウザによるフィルタリングが提供されている現在においても、子供たちのWebブラウジング中に成人向けの広告が出てしまうなど、青少年保護上の問題はまだまだたくさんある。

 AppleやGoogleはかなり頑張っているけれど、正直、もっと頑張って欲しい部分がある。政府には広告に年齢によるレーティングをするなど、さらに頑張って欲しい部分が多い。それにも関わらず、政府が規制法案でアプリ提供者や広告事業者への規制を厳しくするどころか、自由度を増やそうとしていることに対して尾花氏は「セキュリティとか個人情報とかの大事さが分かっていない人たちの情報が、根こそぎ持っていかれるような状況になりかねない」と危機意識を示す。

 現在、コロナ禍で前倒しされたGIGAスクール構想で、生徒が1人1台のPCやタブレットを活用している。病院ではマイナンバーカードを使って保険証の情報を管理するための端末が導入され、それらの端末上で他のアプリを動かすこともこれから増える。

 「そうしたアプリが本当に正しいセキュリティが保たれているかや、データの流用ができない仕組みになっているかみたいな検証ができる技術力を持った人は、周囲を見回してもどこにもいない。学校にも教育委員会にも病院にもいない」と尾花氏は語る。

 尾花氏は、だからといって教職員や医師がそういったアプリの安全性を判断するまでデジタルリテラシーを上げるべきとは考えておらず、「教職員や医師としての専門性のリテラシーを上げる方が大事」と言う。アプリが安全かどうかの審査は、AppleやGoogleがしっかりと行ってくれているのだから、そこに任せるのが良いと言う。

GIGAスクール構想で導入されたiPadを使っての授業風景(東京都墨田区立錦糸中学校) GIGAスクール構想で導入されたiPadを使っての授業風景(東京都墨田区立錦糸中学校)

政府が子供たちの未来を真剣に考えるべき

 竹内氏は、もし他にもアプリの流通経路を用意するというのであれば、それは国がしっかり管理をすべきだという考えだ。今はAppleですら何とかやっと安全な環境を提供できるようになったという段階で、何でも自由にしてしまうべきではない。

 子供たちにとって、これだけの危険をはらむ「モバイル・エコシステム」の法案。学生を含む多くの国民の生活に大きな影響を及ぼす法案であるにも関わらず、議論をしているのは経済の視点を重視した内閣官房、経済再生担当大臣、総務大臣、公正取引委員会などの大臣や委員で構成されたデジタル市場競争会議だ。

 尾花氏が検討委員を務めていたこども家庭庁などでは、本件について議論されていないのかと尾花氏に聞いたが、それが縦割り行政の悪いところで、自分が今でも関わっていたらぜひ議題に上げたいが、今のところ全く議論がされていないという。

  「もし、今回の法案で問題が起きて子供たちに被害が起きたら、おそらく子供たちの親は学校に文句を言うでしょう。そして学校は教育委員会に文句を言い、そこで『どうしよう』と議論になるけれど、そこで止まってしまう。彼ら(法案を作った人たち)は困らないんですよ」と尾花氏。

 「ハンマーしか持っていなければ、全てが釘のように見える」 と言う格言があるが、「モバイル・エコシステムに関する競争評価」と言う議題で、経済再生担当大臣や公正取引委員会などのメンバーだけで委員会を構成すれば、当然、今回の法案のようになるだろう。

 同じ道具でも、自動車などが普及した時代は、政府に経済よりも安心安全を重視する姿勢があり、安全基準を重視した「道路運送車両法」などが成立した。しかし、デジタル技術に関しては、今日の我々の生活にこれだけ大きな影響を与えていながらも経済優先の議論ばかりが目立つ。

 今回取材した両氏によれば、GIGAスクール構想のおかげで、今や日本の教育市場は世界でも最もデジタル機器が普及した状態になったという。デジタルで立ち遅れていると言われていた日本だが、教育におけるデジタルに限っては世界に誇れる先進事例を作れる立場にある。

 そのリードをうまく生かすためにも、ぜひとも法制度においても青少年の安心安全を重視した状態を保って欲しいと強く思った。

 最近になってデジタル市場競争会議の法案に対して世界規模で開発者が参画しているロビー団体「ACT | The App Association」からも反対の声が上がり始めている。代表のモーガン・リード(Morgan Reed)氏は、「この法案が通ると大規模な開発者は利益を得るかもしれないが、世のアプリ開発者の大半を占める中小の開発者は大きくビジネスチャンスを失うことになる」と指摘している。

 同代表やセキュリティーイン詳しい八雲法律事務所の山岡 裕明氏、筆者などがサイドローディングについて話し合う動画が、ACTの日本語Webページに掲載予定だ。

 ぜひ、皆さんも動画を見て、この問題についての考えを深めて8月18日が締め切りとなるパブリックコメントを政府に提出して欲しいと思う。

ALT 「ACT | The App Association」

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