Intelは2016年前後まで、TSMCに代表される専業ファウンドリーに優るとも劣らぬ、先進の製造技術で自社CPUを製造してきた。しかし10nmプロセスの量産始動につまずいてしまい、その後3年ほど、プロセスの微細化という観点で“足踏み”をしてしまった。
その後、ゲルシンガーCEOはIDM 2.0の推進と並行して「5N4Y(Five Nodes in Four Year)」、つまり新しい5つのノード(プロセス)を4年で立ち上げるという目標を掲げ、遅れを取り戻すべく積極的な新技術の実用化を進めてきた。
現時点において5N4Yは順調に進行しており、TSMCの3nmプロセスに対抗する「Intel 3」は、次世代Xeonプロセッサとしてリリースされる予定の「Sierra Forest」や「Granite Rapids」(共に開発コード名)の量産に活用されることになっている。
ゲルシンガーCEOによると、Intel 3プロセスの歩留まりは上々で「Intel 3プロセスは、大量生産の準備ができている」という。鼻息は相当に荒い。
そして新世代のプロセスで、ノード値も「ナノメートル(nm)」から「オングストローム(Å)」基準となる「Intel 20A」プロセスは2024年内に運用を開始、「Intel 18A」プロセスも現時点では実動に向けた予定の遅れはないという。
競合のTSMCに「追いつけ追い越せ」のペースで勢力を取り戻しているのであれば、“かつてのIntel”のように、最新製造技術を自社CPUの製造にのみ使えばいい――そう考えることもできる。
しかし、順調に勢いを増しているIntelが、競合他社の半導体の受託製造にも熱心に取り組むのはなぜなのか。
その理由、というか動機付けとなっているのが、2023年からゲルシンガーCEOが度々使う「Siliconomy(シリコノミー)」という造語だ。語感からも分かる通り、この造語は現代の半導体の材料となる「Silicon(シリコン)」と、経済を意味する「Economy(エコノミー)」を合成したものである。
昨今の産業界におけるAI(人工知能)技術への関心の高まりは、IT業界に留まらず、一種の社会現象ともなっている。AI技術が大きな経済圏、あるいはエコシステムを構築しつつある状況だ。各産業界でのAIの活用は爆発的に拡散しており、極めて近い将来、一般ユーザーまでもが意識せずにAIを活用できるようになる。
そして、AIの活用には高性能なプロセッサが不可欠だ。ゲルシンガー氏は、イギリスの経済誌「Oxford Economics」の調査/見通しを引用し、「現在、GDP(国内総生産)の15%がデジタル技術の活用によって生み出されているとされているが、AIの活用が促進されることでこれが33%に増加するといわれている」とした上で、「今後、高性能プロセッサへのニーズが、過去にないほどに高まるだろう」と予見した。
加えて「半導体を制するものが、今後の世界経済を制するかもしれない」とも述べ、「これからの地政学(Geopolitics)はシリコノミーが中心なっていく可能性が高い」とも言及した。過去50年間は化石燃料(石油)を制したものが著しい経済成長を遂げてきたが、これからの50年は化石燃料に代わり半導体がその役割を果たすという見立てだ。
化石燃料は、自然資源であるがゆえに、その生産が一部の地域に集中する傾向がある。このことは、人類にはどうしようもない。しかし半導体なら、人類の英知で全世界で“均等に”生産できるようにできるのではないか――ゲルシンガー氏はこう考えているようだ。
振り返ると、2020年にコロナ禍に突入して労働力と物流が分断され、サプライチェーンが滞り、製造業にも停滞が発生した。そしてコロナ禍の落ち着きと入れ替わるかのように、ウクライナやイスラエルで大規模な紛争が勃発。現在も、特定の産業分野では流通の分断や製造業の停滞が続いている。
半導体生産という観点では、これらの紛争に加えて台湾と中国の関係、韓国と北朝鮮の関係を始めとするアジア情勢(特に東アジア情勢)も不安要素の1つとなっている。
半導体の販売については、いろいろな観点に立ったランキングがあるが、今回は台湾Trendforceが発表した2023年第1四半期におけるファウンドリーの営業収入ランキング(米ドル建て)を見てみよう。
ご覧の通り、トップ10のうち8社は東アジアに集中している。しかも、台湾、中国、韓国と情勢面で予断を許さない国/地域を本拠地としている。
「半導体を制するものは世界を制する」と考えるIntelとしては、AIビッグバンの衝撃が強い今だからこそ、この(東)アジア一極集中状態に変化を起こし、世界各国の先端半導体/エレクトロニクス企業からの半導体生産を受注できれば、想定以上の成長も見込める――先述の通り「2030年までに世界で2番目の受託生産者になる」という目標は野心的だが、高い勝算を見込んでいるのかもしれない。
これまでのIntelは、最先端の製造プロセス開発とその運用に社運をかけてきた。だからこそ、10nmプロセスの立ち上げ失敗が、大きなつまずきとなってしまった。
今後、Intel社外から半導体製造を本格的に受託をするようになれば、最先端プロセス“以外”の半導体製造で安定的な収益を得られるため、万が一、先端プロセスでのつまずいてしまっても、収益面でのダメージを軽減できるようになる。
何しろ、世の中で最先端プロセスを欲している半導体/エレクトロニクス企業はほんの一握りで、ほとんどの企業は“枯れたプロセス”、英語でいうなら「Traling Process」で製造できれば十分なのだ。Intelが“今”、半導体の受託生産事業を始める理由の1つは、このあたりにあると思われる。
次の中編では、Intelが受託生産事業に対して成功する確信する根拠について、さらに深掘りしていきたい。
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