作品を邪魔しない“黒子”に徹するMRガイドとは? アルテピアッツァ美唄でカディンチェが示した「日本的DX」の形(1/3 ページ)

» 2025年12月10日 15時00分 公開
[林信行ITmedia]

 北海道美唄市の山の麓に、時が止まったかのような木造校舎と、その周囲の自然に溶け込む彫刻たちがたたずむ「安田侃彫刻美術館 アルテピアッツァ美唄」という場所がある。大理石やブロンズを使って巨大な彫刻作品を作る安田侃(やすだ かん)さんの彫刻美術館だ。

北海道美唄市 安田侃 彫刻美術館、アルテピアッツァ美唄 AR MR カディンチェ 北海道美唄市にある安田侃の彫刻美術館「アルテピアッツァ美唄」。炭鉱町の小学校(美唄市立栄小学校)として使われていた木造校舎2階を再生させたギャラリーに加え、広大な敷地の屋外にも多数の安田作品が並べられており自然と彫刻の両方を楽しむことができる。安田侃さんは2025年11月にはイサム・ノグチ賞を受賞した(写真:関建作)

 広大な自然の中に置かれた作品を好きなペースで巡り、手で触れ、あるいはカフェの窓から眺める――。

 心穏やかに過ごせるアートサイトとして、同館以外には際立った観光地のない旧炭鉱町に、世界中から人々が集まってくる。

 そのアルテピアッツァ美唄で11月25日、東京・代官山にオフィスを構えるプロダクション「カディンチェ」によるAR技術を用いた実証実験「スマートグラスで体験する作品展示ガイド」が行われた。

 最近、データセンターの誘致なども進めている同市の市長や職員、報道陣などが招かれたこの実証実験の可能性と、美唄市の最近のITに関する取り組みについて紹介したい。

北海道美唄市 安田侃 彫刻美術館、アルテピアッツァ美唄 AR MR カディンチェ 11月25日、休館日のアルテピアッツァ美唄で、MR技術を用いつつも、技術の存在感を最小限に抑えた未来の展示ガイドシステムの実証実験が行われた(写真:関建作)

作品と鑑賞者の直接対話を重視する彫刻家

 安田侃さんの彫刻作品には、目立ったキャプション(説明書き)が付いていないことが多い。

 安田さんの作品の多くは、日本やイタリアの街角にパブリックアートとして置かれており、そこに住む人々や子供たちの憩いの場になっている。「彫刻は見る人の心を映す鏡。それぞれの感性で自由に、まずは形を見て、触れてほしい」と語る安田さん。

 だからこそ、彼の作品にはキャプションもなければ、「作品に手を触れないでください」といった美術作品に付き物の注意書きもない。

 実際、東京ミッドタウン(六本木)の広場に置かれた作品では、よく子供たちが穴の中をくぐって遊んでいる。見る人がそれぞれの感性で自由に感じ、作品と対話をしているのだ。そこに無粋な説明書きを加えてしまうと、鑑賞者は難しく考えてしまい、人々と作品の距離が遠くなりかねない。

 確かに、詳しい背景を知らなくても作品は楽しめる。しかし、知ることで生まれる新たな楽しみがあるのも事実だ。

 普段は公共の場の彫刻を「景色」としてしか見ていない人でも、例えばその作者が先月(2025年11月)、米国のイサム・ノグチ賞を受賞し、世界的に評価が高まっている彫刻家であることを知れば見え方は変わるかもしれない。

 あるいは、東京ミッドタウンやJR札幌駅の待ち合わせスポットとして有名な穴あきの作品「妙夢」に、実は色違いやバリエーションが存在すること、イタリアのピサの斜塔のすぐ近くにも設置されていたこと、そしてそれらが世界的に有名な石の産地・イタリアのピエトラサンタで作られ、その街にも安田作品が点在していること――。

 これらを知ることで、作品への新たな興味が湧き、眼前の彫刻の解像度が上がるはずだ。

北海道美唄市 安田侃 彫刻美術館、アルテピアッツァ美唄 AR MR カディンチェ 東京ミッドタウン(六本木)や札幌駅にも置かれている安田侃の代表作《妙夢(Myomu/Key of Dream)》。安田侃の彫刻美術館 アルテピアッツァ美唄にもいくつか置かれている(写真:関建作)

 今回、カディンチェが行った実証実験では、何よりも「まずは作品を直接目で見ること」を尊重している。その上で、さらに詳しく知りたいと思った人にだけ、鑑賞体験を邪魔しない形で作品の背景や関連情報を提示するという試みが行われた。

 「鑑賞の邪魔にならない情報提示」というと、多くの美術館が提供している「オーディオガイド」を思い浮かべるかもしれない。しかし、音声だけでは「ピサの斜塔の近くにある」と言われても、どのような形で展示されているかまでは想像しにくい。

 カディンチェのシステムを使えば、作品の少し上に浮かぶ「吹き出し」の中に実際の映像が表示され、遠く離れたイタリア・ピサでの展示風景や、それを楽しむ人々の姿を視覚的に確認できる。

 平たく言えばAR(Augmented Reality:拡張現実)、あるいはMR(Mixed Reality:複合現実)を使って情報を表示するということだ。「これまでに類似の事例があったのでは?」と思われるかもしれないが、これほどまでに「作品そのものの鑑賞」を優先した設計は珍しく、それだけにカディンチェの試みは画期的であると言える。

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