美術館でのxR技術活用の試みは、これまでにも数多くあった。しかし、その多くは仕切られたコーナーでVRヘッドセットを被り絵画の中の世界に入り込むような体験や、スマホをかざすと作品が3Dで飛び出すような、いわば「オリジナル作品とは別の追加コンテンツ」であることが多かった。
これに対して、カディンチェのシステムは鑑賞するのはあくまでも安田侃さんの作品であって、まずは肉眼でその作品を楽しんでもらうことに重点を置き、その上で興味がある人にだけ追加情報を見せようという設計になっている。
大きさ的にも着け心地的にもほとんどメガネと変わらないスマートグラスをかける必要はあるが、安田さんの彫刻自体はレンズ越しに肉眼で見ており、その上に情報が重ね合わせ表示され作品を覆い隠すようなことはない。ただ視線を作品の上の方に向けると、作品に詰まったさまざまな情報の糸(意図?)が絡まったような白い塊があり、その真ん中に作品名が表示される。
しばらく、その作品名を眺めていると、そこから糸が伸びてきて関連の情報が表示され始める。
例えば「意心帰」(いしんき)という作品を見ると、遠くイタリア・ピサで意心帰が展示された時の様子が映像で確認できるといった具合だ。
また別の吹き出しには人影が描かれており、そこからアルテピアッツァ美唄のスタッフによる作品解説が流れる仕組みだ。解説を聞きたければ上の吹き出しを見ればいいし、情報に惑わされず自分と作品との対話に戻りたければ、視線を下に向ければ情報は消える。
これまでのxRの取り組みの中には、本物の作品以上にデジタル演出が目立ってしまうものもあったが、これは目の前にある実物の作品を尊重した、真の意味での「オーギュメンテーション(拡張)」だ。
システム開発を手掛けたカディンチェは、この理想を形にするため、機材選定から苦労を重ねたという。
2022年に鳥取県の水木しげる記念館で同様の試みを行った際は、Microsoftの「HoloLens 2」を使用した。肉眼で作品を見てもらうための「シースルー型」であり、かつ作品を画像認識して情報を適切な位置に配置できるデバイスは、当時それしかなかったからだ。
しかしそれから3年が経ち、HoloLens 2は生産終了となった。「Apple Vision Pro」や「Meta Quest 3」などのゴーグル型の製品は高性能だが、装着が仰々しく、セットアップの手間や価格も課題となる。
やはり、スマートグラス型でなければならない。だが、国内で販売されているスマートグラスの多くはプライバシーへの配慮からカメラを搭載しておらず、位置合わせに不可欠な画像認識ができないというジレンマがあった。
そんな紆余(うよ)曲折を経て同社がたどり着いたのが、NTTコノキューデバイス(NTTコノキューとシャープの合弁会社)によるスマートグラス「MiRZA」(ミルザ)だ。重量は電池込みで約125gと、HoloLens 2(約556g)に比べて圧倒的に軽い。
このデバイス上で、屋内展示室の作品に情報を配置するために使われたのが、カディンチェのMR体験統合管理システム「Kadinche Layerd」だ。
体験デザインのディレクションは、デジタル体験のデザインを行うスタジオ「Domain」のsabakichiさん(Yuki Kinoshitaさん)が担当した。大阪・関西万博の「バーチャルNTTパビリオン」などを手掛けた実績があり、2022年の水木しげる記念館での実証実験でもディレクションを担っている。
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