なぜAppleは「半導体」と「製品」のトップを統合したのか クック退任より重要な「CHO新設」と究極の垂直統合本田雅一のクロスオーバーデジタル(1/4 ページ)

» 2026年04月22日 16時00分 公開
[本田雅一ITmedia]

 既報の通り、AppleのCEO(最高経営責任者)が9月1日付で交代することになった。

 今回の経営刷新は、どうしても「ティム・クックの後継」という角度から語られがちだ。事実、報道を見ると「クックCEOの退任とジョン・ターナス新CEOの就任」が前面に出ている。しかし、テクノロジー企業としてのAppleを考えるなら、本当に重要なポイントは別のところにある。それは、同日に発表されたジョニー・スルージ氏が新設ポストの「CHO(最高ハードウェア責任者)」への就任だ。

 新設のCHOは、半導体と製品の両方の開発にまたがる責任を持つ。今のハードウェアは、シリコンの進化と切り離して語れない。そう考えれば、この体制変更がMacやiPhoneだけでなく、Apple IntelligenceやApple Vision Proの“次”を考える上でも大きな意味を持つのは明らかだ。

 ターナスCEOとスルージCHOの同時就任――この2人を軸にした新体制こそが、Appleのこれからの10年を占う上で最も重要な変化といえる。

ターナス氏とクック氏 世間ではクック氏(右)からターナス氏(左)へのCEO交代ばかりに目が向きがちだが……(写真提供:Apple)

「半導体」と「製品」の両方に責任を持つCHO職

 スルージ氏は2008年にAppleに入社し、2010年に同社初となる自社設計SoC(System on a Chip)である「Apple A4チップ」を世に送り出した。以来、iPhone/iPad向けの「Apple Aシリーズ」やMac/上位iPad向けの「Apple Mシリーズ」といったApple Siliconの系譜を築いてきた。いわば、Apple Siliconを育ててきた“職人肌”の技術者である。

 近年のAppleが行う基調講演でも、彼は常に自社の新しい半導体技術を語る役回りを担ってきた。

 2019年、IntelがCEO候補としてスルージ氏に声をかけた話は広く知られている。しかし彼はその誘いを断り、Appleに残った。M1チップ以降のApple Siliconの躍進を見れば、その“引き留め”がどれほど大きく重い意味を持っていたかは説明するまでもない。

スルージ氏 スルージ氏は2008年にAppleに入社し、その2年後に「Apple A4チップ」を世に送り出した

 Appleに新設されるCHOポストが束ねるのは、これまで別々のSVP(シニアバイスプレジデント)が率いてきた2つの組織だ。1つは今までスルージ氏が率いてきた「ハードウェアテクノロジーズ」部門で、半導体や電源/センサー/無線といった基盤技術を担う。もう1つは、ターナス氏が率いる「ハードウェアエンジニアリング」部門で、ボディー/機構/熱の設計や、製品の組み立てプロセスなどを担当してきた。

 要するに、これまで別々の責任者の下にあった「シリコンを作る側」と「製品として成立させる側」を、1人の責任者が所掌するようになる。この意味は、思っている以上に大きい

 例えば、「ローエンドモデルのメモリ容量を8GBから16GBへ上げるべきか?」「本体の厚さを0.3mm削るために、チップ側でどんな工夫ができるか?」「AI処理能力を高めるため、どこに半導体のリソースを割き、それをどのような冷却設計で受け止めるのか?」といった判断を、単一の指揮系統で決められるようになる。

 元々、Appleは製品として実現したい体験を先に置く会社だ。一例を挙げると、「ファンレスで長時間駆動のバッテリー駆動を実現する」「この厚みで一定以上のCPU/GPU/NPU性能を引き出す」といった要件を先に固めて、それに合わせて半導体と製品の設計を並行して進めていくスタイルを取っている。M1チップで「ユニファイドメモリアーキテクチャ(UMA)」が導入されたのは、その典型だ。

 もう少しさかのぼると、iPhoneのカメラ性能向上を果たすべく、Aチップシリーズに「Neural Engine」を搭載したことや、「ISP(Image Signal Processor)」を強化してきた歴史からも、会社としてのポリシーが見えてくる。

ユニファイドメモリ AppleがM1チップでUMAを採用したのは、Apple Siliconで実現したかった“体験”を踏まえた結果といえる

 製品開発チームと半導体開発チームが、初期段階から密に対話する――この開発の進め方そのものが、Appleの競争力の源泉になってきた。これまでは、その調整をCEOや経営幹部が“横から”整えてきた。

 今回、CHOが新設されることで、その役割がスルージ氏1人に集約される。シリコンのアーキテクチャから量産ラインまで、ハードウェア設計の全工程を1つの指揮系統で見渡せる体制になるわけだ。筆者が知る限り、これほど大規模な半導体設計と最終製品設計を、1人の技術責任者の下で束ねる体制を敷いた企業はそう多くない

 これまで、Apple製品の洗練は「自社設計の範囲が広い」という観点で説明されることが多かった。しかし、今回のCHO新設は垂直統合を経営判断のレベルでさらに深く推し進めるものだと読める。

 もう1点、注目すべき含みがある。2026年3月に発表された「MacBook Neo」は、従来のMチップシリーズではなく、初めてAチップシリーズを搭載したMacだった。

 これまで「MacはMチップシリーズ、iPhoneはAチップシリーズ、iPadは製品性に応じてどちらか」といった感じで系譜を分けていたが、MacBook NeoはMacとして初めてそこを横断した製品でもある。

 CHOの新設で、AチップシリーズとMチップシリーズの設計が同じ指揮下に入れば、この“横断”は今後さらに加速していく可能性がある。iPhone向けとMac向けで分かれていた半導体戦略を、製品ジャンルをまたいで最適化できるからだ。

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