CHOに就任するスルージ氏が技術の統合を担うなら、ターナス新CEOが担うのは“製品の全体像”だ。Appleとして何を世に問うのか――その設計である。
ターナス氏は、VRヘッドセット開発に関わるベンチャー企業を経て、2001年にAppleへと入社した。プロダクトデザインチームから出発し、ダン・リッキオ氏の下で副社長となり、2021年には上級副社長へと昇格した。
リッキオ氏は第3世代の「iPad」から円筒形ボディーの「Mac Pro」、そしてApple Silicon移行期におけるボディーの再設計までを指揮した、Appleハードウェア美学の体現者であり、ターナス氏は“直接の”後継者でもある。
この10年でターナス氏の部隊が世に出した製品は幅広い。M1チップ世代以降のMacBookシリーズ、Mac mini、Mac Studio、完全リニューアルしたMac Pro、有機ELディスプレイ化したiPad Pro、AirPods Pro、Apple Watch Ultra、チタンフレームのiPhone 15 Pro、ベイパーチャンバー冷却を採用したiPhone 17 Pro、そしてApple Vision ProやMacBook Neoに至るまで、主要ハードウェアのほぼ全てに手を入れている。
これらに共通しているのは、シリコンの進化をそのまま性能競争に振り向けるのではなく、「体験の質」へ還元する姿勢だ。M1 MacBook Airのファンレス設計は、その象徴だった。発熱面の余力を、さらなる性能の上積みではなく、軽さと静かさへ振り向けたのである。
一方で、iPhone 17 Proにおけるベイパーチャンバー冷却の採用は、その逆方向の判断だった。熱設計上の余裕を、AI処理を含む持続性能の維持へとつなげている。
M1 MacBook Airにしても、iPhone 17 Proにしても、「性能の余裕をどこに使うか?」という判断に基づいて製品の方向性を決めている。そこに、ターナス氏の持ち味がある。
そして、9月からの新体制が最も大きな意味を持つのが、オンデバイスAIにおける優位性構築だ。
2023年以降、生成AIの競争軸は「OpenAI」「Anthropic」「Google」といったクラウド型プレイヤーがけん引してきた。数千億パラメーター級LLMの性能競争では、データセンター側の演算資源が勝敗を決める。この戦場でAppleは明らかに劣勢だった。
Apple Intelligenceは2024年のWWDC(World Wide Developers Conference)で発表されたにも関わらず、先述の通り主要機能の実装は繰り返し延期され、次世代SiriのコアにはGeminiを利用することになった。
しかし、LLMをデバイス上で動かす「オンデバイスAI」では、その情勢が変わる。この領域で効いてくるのはメモリの「帯域幅」と「発熱の少なさ」だ。
AppleのM5チップファミリーを搭載するMacは、標準(最小)メモリ容量を16GBへ引き上げた上で、200億パラメーター級の軽量な量子化モデルをオンデバイスで動かせる程度の帯域幅を確保した。上位チップでは、より大きなモデルを扱う余地も広がっている。NPUに相当するNeural Engineも、CPUやGPUとの組み合わせの中で推論性能を押し上げている。
長期的に見れば、どこにシリコンのリソースを割き、それを製品の発熱とバッテリーの制約の中でどう成立させるかが、テクノロジー製品の付加価値を決める。
こうした要件を、1社で決め切れる企業は多くない。半導体を内製し、OSを自社制御し、メモリとSoCを統合パッケージとして扱い、ハードウェア側で発熱まで管理する――このAppleが行う垂直統合は、水平分業で成り立つWindowsやAndroidのエコシステムではまねしづらい。
「次世代SiriにGeminiを採用する」という決定も、この文脈から見ると違う印象を持つ。クラウド大規模モデル競争に資源を分散せず、勝てる戦場――デバイス側のオンデバイス処理と体験統合――に集中する選択なのだ。
Apple Intelligenceの遅延は、確かにAppleの“汚点”だ。だが同時に「本来戦うべき場所はクラウドではない」という再認識を、社内に迫った出来事でもあっただろう。
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