次回はついに最終回! ラストを飾るのは一体誰なのか……。今日はエリスからの紹介です。
小さな緑の葉が伸び、道に木蔭が落ちるようになったこの街に、メイドが営む私設図書館がありました。
そこには書架を守る司書メイドがいます。ほんわりおっとりした司書メイド ミソノに、淡い思いを抱くメイドもいるようです。
今日はエリスが本をおすすめするようですよ。
先日ふと今まで紹介した本を振り返ってみたところ、私はゾンビ、インド、刑事ものと、趣味に偏り過ぎな気がしました……。趣味というか、資料本ばかり。最近、小説のような“お話を楽しむ本”を買う機会がめっきり減ってしまって。
そうですねぇ。確かに今までエリスさんが紹介したものの中に小説はなかったですね。
小説はあらすじを読んで、世界を滅ぼす魔物が登場したり殺人事件が起きたりと、刺激的な展開が約束されていそうなものばかりを手に取るようになってしまいました。言葉の生み出す空気感や世界観をじんわり堪能する本を読んでみたいとは思うのですが、自分好みのものをどう見つければいいか分からなくて。
でもついに出会えたのです! 普段絶対読まないであろうジャンルなのに、世界観に魅了された本……。
あらすじには「大学生の主人公が、屋根裏からおりてきた少女と出逢いはじまる青春ミステリー」とありました。
あら、ちょっと秘密めいた素敵な響き。青春ミステリーってさわやかな感じもしますし!
えぇ……青春アレルギー喪女の私としては、キラキラ輝く「青春」の文字を見ただけで普段だったらそっと本棚に戻すところです。
えっ!? 戻しちゃうんですか! あら、でもこの本は書き下ろしなんですね? あらすじで身構えるほどのエリスさんが、なぜあえてこの本を手に取ったのでしょう。
『少女キネマ』が刊行されるより前に、著者の一肇さまが書いていらした『フェノメノ』というホラー小説を読んでいました。「フェノメノ」はストーリーが怖いだけでなく、言葉が創りだす世界観が、芯から凍るような怖さを感じさせてくれる作品なのです。そのシリーズを読んで以来、お話の内容だけでなく、著者の方が言葉で描くその“世界観”自体のファンになってしまったのです。
芯から凍るような! その鮮烈な体験によって、エリスさんはこの著者の方に引き寄せられたと……。
恥ずかしながら普段ストーリー重視だった自分にとってそれははじめての体験だったので、この方の描くものなら、苦手な青春ストーリーもいけるかもしれない! と思ったのがきっかけです。
恥ずかしくないですよー。肌にぴったりとくる感覚の作家さんと出会えた時に「これだ!」と打ち震えることって、実は読書家さんでもそうそうない体験なのでは? いい作家さんに出会えたのですねぇ。
それで、どんな青春さわやかストーリーが展開されるんですか?
友人が残した未完の自主制作映画「少女キネマ」。空白のラストシーンに描かれるはずだったものは何だったのか――その謎を解くために、主人公は上京して大学の映画研究部に入ります。そして下宿する部屋で、天袋に住む清楚な女子高生“さち”と出会うのです。
ん? んん? ちょっと待ってください。天袋に女子高生? 天袋って、天井板のその上の空間ですよね? 普段そこに住む人ってなかなかいませんよね? 主人公が住むお部屋の天袋に、女子高生さんが住んでいたのですか? ネコ型ロボットさんですら、押し入れの中に住んでいるのに、そんなところに女子高生が住んでいるとは……。
そうです。つややかな黒髪のおかっぱ頭の大和撫子女子高生が、ある日ひょこっと天袋から降りてきて、畳に指をついて主人公にあいさつをします。
こうお話しするとファンタジーな印象かもしれませんが、ファンタジーというよりは、主人公の平凡な大学生生活にふと迷いこんできた“小さな不思議”という感じです。
はい……今、その図を想像して、なんだかそわっとしましたよ……。
出会った後、さちという少女は何者なのかを探るようなことはほとんどなく、勉強とバイトと映画研究部の活動に追われる主人公の大学生活がたんたんと進んでいきます。
不思議な出会いですねぇ。でも大学生活のシーンは、刺激的な展開が好きなエリスさんには少し物足りなかったのではないですか?
自分でも意外でした。「フェノメノ」でもそうだったのですが、一肇さまの言葉は、せせらぎのように頭にサラサラと入ってきて、それがとても心地よくて、刺激的な展開がないシーンでもページをめくる手が止まらないのです。
なんと!
「フェノメノ」ではその言葉の流れが、深海のような冷たく暗い怖さを感じさせてくれました。ですので、一肇さまの言葉はホラーでこそ発揮される! と勝手に思っていたのですが、そのイメージはこの「少女キネマ」を読んで一掃されました。
同じく耳心地のよいサラサラとした流れでも、「フェノメノ」のような暗い冷たさではなく、木漏れ日を受けた清流のような……涼やかで、それでいてキラキラした美しい世界が広がっていたのです。そして何より、その世界で描かれる大和撫子のさちちゃんが、とても愛らしいのです……!
あっ! ホラーと一緒にエリスさんの趣味趣向のトップランキングに並ぶ「女の子かわいい!」目線が、ここで入ってきましたか!
蒸し暑い夏の午後。急に降り出した雨に濡れ、逃げ込んだ縁側で、2人雨宿り……。
うんうん、偶然が演出するときめきがありそうですね。
青春モノで何度か見たことがあるようなシーンですのに、それがさちちゃんとなると、もう抱きしめたくて抱きしめたくて胸の奥がカーッと焦がれる感じがするのです。ああ、今すぐ横にたたずんでいるであろうさちちゃんを抱きしめたいですわ〜!!
(……いつものエリスさんだわ)。
はぁ、ごめんなさい、思い出したら興奮してしまいました。
先ほど大学生活がたんたんと進んでいくと言いましたが、たんたんというよりも、こういったさちちゃんとの日々と、未完成の映画作品「少女キネマ」にまつわる小さな不思議がじわりじわりと描かれていくんです。
未完成の映画、というのがミステリーのキーワードなんでしょうか。気になります。
それはあたかも山から静かに流れる清流のごとく、少しずつ合わさって、やがて太い流れとなり、最後には全てを飲み込むような激しい滝へ……! けれどそれを越えた先には、光り輝く大海原が広がるかのように――サラサラと主人公の大学生活を読んでいたと思ったら、最後はすごい疾走感であっという間に読み終わってしまいました。
大自然の美しさと激しさを全身で感じると、あまりの感動にしばらく呆然(ぼうぜん)としてしまうように、読み終わった後はしばらくその余韻で放心してしまったほどです……。
屋根裏の少女と出会ってから、まさかの滝のような疾走感のラスト。天袋から少女、未完の映画作品、青春ミステリー……なんだか、そわそわ気になるフレーズがたくさんです!
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