膨大データ処理に苦心する放射線科医を救ったGoogle Cloud医療現場にもクラウド

CTおよびMRI検査画像の遠隔診断サービスを提供するエムネスが取り組んだクラウド基盤活用。その背景には日本の放射線科医が抱える課題があった。

» 2014年08月20日 08時00分 公開
[伏見学,ITmedia]

 例えば、あなたが身体に異変を感じ、病院で精密検査を受けることになったとしよう。その際にCT(コンピュータ断層診断装置)やMRI(磁気共鳴画像診断装置)を使った検査が行われるかもしれない。CTやMRIで身体の隅々を撮影する。この撮影画像を基に患者を診断し、病気などの原因を究明しているのが放射線科医(画像診断医)である。

 実は日本においてこの放射線科医が不足している。調査データ「OECD Health data 2007」によると、CTおよびMRIあたりの放射線科医数は0.28人とOECD加盟国で最下位。全体平均(5.11人)のわずか20分の1という少なさである。つまり、多くの病院では放射線科医を抱えておくのが難しく、患者が検査を受けても診断結果が出るまでに必要以上に時間がかかってしまうこともある。

エムネスの北村直幸社長。取材はWeb会議で行われた エムネスの北村直幸社長。取材はWeb会議で行われた

 そうした医療現場の状況を少しでも改善し、効率的な画像診断を可能にするため、2000年10月に広島県広島市で産声を上げた会社が、遠隔画像診断サービスを提供するエムネスだ。同社では医療機関からネットワーク経由で送られてきたCTやMRIの画像データを、同社に属する放射線科医が診断し、その結果報告書を医療機関にフィードバックする。2014年7月現在、契約医療施設は38施設で、そこから日々送られてくる画像データの解析を常勤の専門医11人、非常勤8人が当たっている。

 エムネスに寄せられる案件数はCTの場合、月間4000〜5000件で、患者一人あたりの画像データ点数は数百枚から1000枚強に上る。これほどの数の画像データを放射線科医が1枚1枚見ていくわけなので、その作業が容易でないことはよく分かるだろう。

 かつての標準的なCTは、患者が1回息を止めて撮影すると輪切りの写真が1枚出来上がるものだった。例えば、胸の検査では1センチ間隔で30〜40枚撮影する必要があり、その都度患者は息を止めなければならず、15分ほど時間がかかっていた。現在のCTだと、1回息を止める間に全身の写真が1ミリ間隔で撮影できるという。「装置の進歩によって、以前と比べて画像の発生量が莫大に増えた。効率は飛躍的に高まったが、それ以上に作業負荷が重くなってしまったた」とエムネスの北村直幸社長は苦笑いする。

膨大なデータ管理が限界に……

 診断作業においては、画像データを次々と高速に表示する特別なソフトウェアを用いる。創業時からエムネスでは地元のITベンダーが制作した遠隔画像診断用のツールを利用していたが、老朽化が進みCT/MRIの技術進化についていけなくなっていた。

 また、診断においては過去の画像データとの比較が大切であるため、数年分の画像データをストレージシステムに保管する必要があった。しかしながら、急速に増え続けるデータの運用管理を自前で行うには限界を迎えていたほか、それに伴うコストや情報漏えいのリスクなどの懸念が常にあったので、データセンターへの移行を検討していた。

 加えて、利用環境の問題もあった。エムネスが会社として実現しようとしていたことの1つに、女性スタッフの積極的な活用がある。放射線科医が不足する理由に、女性の結婚、出産による退職が大きくかかわっていたからだ。「働きたくても働けない女性医師は少なくなかった。そこで出産後も自宅で作業ができるよう、在宅勤務環境を整備した。ただし、既存のシステムだと通信速度が遅く、自宅PCに専用ソフトウェアなどをインストールする必要があったため、在宅で作業するには無理があった」と北村氏は話す。

 このような経緯から、新たなシステムへの刷新が求められていた。特に重視したのが、コスト、BCP(事業継続計画)、品質の高さである。これらの要件を満たすものとして同社が選んだのが「クラウド」である。

コストは5分の1以上に抑制

 クラウドの導入を決めたエムネスでは、いくつかのサービスを検討。そこで最終的に採用したのが米Googleのクラウドサービス「Google Cloud Platform」だ。Google Cloud Platformは、IaaSサービス「Compute Engine」、PaaSサービス「App Engine」、MySQLデータベース「Cloud SQL」、ストレージ「Cloud Storage」、データ解析エンジン「BigQuery」などからなる。エムネスはGoogle Cloud Platformを選んだ理由について、ブラウザベースで利用できること、世界中にデータセンターがあることでBCP対策になること、画像展開やデータ検索を高速に処理できることなどを挙げている。

Google Cloud Platformを利用した画像診断システム Google Cloud Platformを利用した画像診断システム

 2013年7月にサービス検討を開始し、Google Cloud Platformに決定後、約半年の開発期間を経て、2014年5月末に導入プロジェクトを完了した。導入効果はこれからという段階だが、システムにまつわるトータルコストは、従来と比べて5年後に5分の1〜10分の1にまで削減できると北村氏は試算する。

 今はまだPCでの利用が主だが、今後はタブレット端末やスマートフォンにも最適化したシステムに仕上げていく予定だ。ゆくゆくは患者が自分自身の画像データを自由かつ容易に持ち運べるようにしたいという思いがある。「現在、CTなどの画像データを患者が所有したい場合、病院からデータをCD、DVD、フィルムに入れてもらわなければならない。しかし、新システムを活用すれば、クラウド上にある画像データにアクセスして、すぐに閲覧できるようになる」と北村氏は力を込める。

 放射線診断にかかわるさまざまな悩みをクラウドサービスが解消できるのか、今後の進展に注目したい。

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