一般的に、決済サービスは多くの人たちが使えるよう、広くあまねくサービスを展開しようとする。クレジットカード決済にしてもおサイフケータイにしても、使える場所を増やしてユーザーの利便性を高めるとともに、決済手数料を増やしていくものだ。
しかし、ピクシブが提供するQRコード決済サービス「pixiv PAY」は、同人誌などの即売イベントで使われることを前提としている。なぜターゲットを絞ってサービスを提供しようと思ったのか? 今後、pixiv PAYをどのように展開していくのか? ピクシブ クリエーター事業部 部長の重松裕三氏に話をうかがった。
pixiv PAYは、イラスト投稿サービス「pixiv」を運営しているピクシブが提供する決済サービス。スマホにpixiv PAYアプリをインストールし、QRコードを読み取ることで決済するという、今注目のQRコード決済サービスだ。しかし、LINE Payや楽天ペイのように街中のコンビニや飲食店で使うものではなく、クリエーターたちがイベントで同人誌など創作物を売る即売イベントで使われることを目的とした決済サービスで、ターゲットを絞っていることが特徴だ。
重松氏によると、pixiv PAYは即売イベントでの問題解決のために生まれたサービスだという。そもそも、ピクシブが提供するサービスの多くは、クリエーターたちが活動する上での問題を解決するために生まれてきた。
例えば、2013年12月にクリエーターの作品やグッズなどを売買できるサイト「BOOTH」を始めたのは、個人通販の難しさ、面倒さを解決したかったから。委託販売ではなく、個人で同人誌を売買しようとすると、自分のWebサイトを作って作品を紹介したり、売買に煩雑なメールのやりとりが発生したりする。代金の銀行振り込みとその確認も面倒だ。BOOTHはそういった手間をなくすために始められたのだが……。
「そもそも同人誌やグッズを作るハードルが高い。同人誌を作るにも、印刷所とのやりとりには独特の決まりがあり、一般の人には分かりにくい」(重松氏)
そこで、同人誌やグッズを簡単に作れる「pixiv FACTORY」というサービスも始めた。「クリエーターのみなさんに、絵を描くだけではなくて、グッズを作る楽しさも知ってほしい。モノの販売や製造のハードルを下げたい」という思いから、pixivの周辺サービスは提供されている。
同様にpixiv PAYも、即売イベントでのお金のやりとりや管理の大変さを軽くしたいという思いから始まった。
即売イベントでは、現金のやりとりが大きな負担になるという。サークル側はお釣りを大量に用意しなくてはいけない。また最近はイベントで現金の盗難被害が増えているという。海外からの参加者も増えており、忙しさのあまり外国の硬貨を日本の硬貨と間違えることもある。イベントが終われば、小銭がじゃらじゃらと重い現金を持ち帰らなくてはならない。その一方で、自分が作った作品の販売価格を適正に設定しにくいという問題もある。「本当は400円で売りたいけれど、キリが悪いから500円で売ろうとか、700円で売りたいけど、お釣りが面倒だから500円にしちゃおうとか、適正な価格で値付けできない」(重松氏)。
こうしたイベントでのお金の問題を解決すべく生まれたのがpixiv PAYだ。「僕らはいろんな人に使っていただくという目線ではサービスを作ってはいません。pixiv PAYは、キャッシュレス決済やフィンテックをやりたいということではなくて、あくまでクリエーターを対象にしていて、彼らが幸せになるサービスを提供したいという思いから始まっています」(重松氏)
なお、pixiv PAYのリリースは2017年8月だが、ちょうどその頃は、買い物や個人間送金ができる「kyash」や「paymo」などが注目され始めた時期。pixiv PAYのスタートはその流れに後押しされた部分もある。
pixiv PAYは、大混雑で戦場のような忙しさとなる即売イベントで使うので、スムーズに決済できる使い勝手を目指した。ユーザーが違和感なく使え、あまり待たずに購入できるように、アプリの処理速度を重視。また、イベントでは複数のサークルで同時発生的に決済処理が行われるので、負荷対策にも気を遣っている。
アプリはiOS版とAndroid版が用意され、利用するにはpixivのアカウントが必要だ。IDとパスワードを入力してログインし、pixivのアカウントにクレジットカード情報を既に登録してある場合は、それで支払える。pixivユーザーなら、イベント会場でアプリをインストールしてもそれほど負担にはならない。
ただ決済するだけでなく、サークル側が便利に使えるように、レジ機能も用意した。pixiv PAYだけでなく現金の受け付けも可能で、現在の売り上げを確認できる。売り上げはCSVで出力が可能だ。販売する品物の金額は、100円から3万円まで1円単位で設定できる。細かい端数もpixiv PAYなら現金と違って支払い時に面倒がない。
なお、アプリやバックのインフラ周りはピクシブが自社で開発しているという。「送金については決済代行業者にお願いしていますが、pixiv PAYのアプリやバックエンド、インフラは自前で作っています」(重松氏)。アプリの実質的な開発期間は約2カ月と、かなり短期間で作り上げた。
コミックマーケット(コミケ)など、最近の即売イベントには外国人も多数来場するので、pixiv PAYアプリは日本語の他に、英語、中国語の繁体字と簡体字、韓国語、に対応している。外国人観光客は現金を用意するのが手間になるせいか、pixiv PAYの利用率は比較的高いという。特にキャッシュレス決済が一般的な中国人来場者の利用率が高い。もちろん、アプリには海外のクレジットカードも登録できる。
「2017年12月のコミケに8面の会場広告を出したのですが、7面が英語、中国語、韓国語でした。インバウンドの取り込みはもっとやっていきたい。WeChatPayやAlipayの導入も進めたいと思っています」(重松氏)
pixiv PAYアプリならではの機能としては、複数のスマホで同じ画面を共有できる「アシスタントモード」がある。普通、即売イベントでは1サークル内で複数の人が販売を担う。アシスタントモードを使うと、サークルの代表者と同じレジ画面を他のメンバーのスマホにも表示でき、それぞれで販売できる。代表者(親端末)が席を外しても販売を続けることができ、アシスタント(子端末)のアプリで売り上げが立つと代表者のアプリにリアルタイムで集計されていく。こうした機能は、重松氏自身の即売イベント参加の経験を元に開発しているそうだ。
また、pixiv PAYアプリで決済が行われると、声優の中村繪里子さんが演じるキャラクター「ぺいたん」の声で「ペイ!」と鳴る。デフォルトのボイスの他に15パターンのボイスがあり、低確率で出現。pixiv PAYでたくさん決済すれば、さまざまなパターンの声を聞ける。いろいろなボイスを用意してほしいという要望は多いそうで、将来的には、複数のボイスからユーザーが選んで設定したり、自分でボイスを収録して設定したりする機能の搭載も検討しているという。
この他、pixiv PAYアプリはイベント当日以外でも、簡単なコミュニケーションツールとして活用できる。サークル側は事前に即売イベントの参加や出品作品の画像をアプリに登録して、閲覧者に告知できる。一般の参加者は、どういったサークルが出店するのかを一覧で見ることができ、アプリ上でクリエーターをフォローしておくと、さまざまなお知らせを受け取れる。今後、サークル側から、作品を買ってくれた人にお礼メッセージを送れるようにもなる予定だ。
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