IT化と投資の“正しい”関係とは?(中編):何かがおかしいIT化の進め方(12)(3/3 ページ)
前回に引き続き“IT投資の評価”に関する問題を考える。今回はその中でも、IT投資評価とBSC(バランス・スコアカード)との関係や、インフラ投資の評価などを中心に検討してみる。
信念の実現や限りない向上を目指すシステムが、日本企業の真の戦略的テーマ?
多くの企業は、経営理念(その企業の社会における存在目的)や経営哲学(行動の規範となる基本的な価値観など)を定め、これらの元で中長期の経営方針・目標『ビジョン』を設定し、これを実現していくための経営戦略や計画を策定する。
「企業の最終的な目的である経営理念の実現には企業の存続が必要であり、存続のために利潤の追求が必要。そのために必要な適正レベルの投資を行う」「投資と効果のバランスや競争相手との関係など、相対的な対比を基にした合理的な概念が投資問題にも適用される」というのが、一般的な教科書の投資に関する内容である。
しかし、世の中には優れたリーダーの理念に基づく、長年にわたる飽くなき施策の実行と問題追究の結果が、他社にまねのできない企業文化、組織の暗黙知として力の源(コア・コンピタンス)となり、これが結果的に“他の追随を許さない”利潤を生み出す原動力になっているケースがある。
業務とシステムのレベルアップをたゆまず繰り返して積み上げ、これを好業績に結び付けている組織がある。組織全体があるレベルに到達すれば、それを踏み台にして見えてきた次の挑戦レベルをとらえ、その実現への具体策が考えられるようになる。次の行動計画を支えるため、情報システムのレベルアップも必須になる。このプロセスを続けてゆくことが絶対的な“善”という組織文化になっているから、条件の許す限り前へ前へ進める行動が取られる。このような繰り返しの長年の蓄積結果が、圧倒的に秀でた組織の力と価値観を作っている。しかし、このような実例がすべての会社にあるわけではなく、IT分野に存在することは極めてまれである。「人の能力向上に限りはない」と考えるなら、ITの関係ではナレッジマネジメントのかかわる部分にその可能性があるように思う。
このような理念・信念に基づく行動を事前に合理的に説明・評価することは大変難しい。科学的といわれる手法による合理的評価や判断、あるいは通常に使われる“戦略的”などという言葉を超えた、勘と感と肝の世界である。評価の対象になるとすれば、次にやろうとする施策内容の“質の高さの妥当性”だろう。その問題に直接関与するリーダーの見識と、幾多の困難を乗り越えて長年にわたり継続できるか否か、リーダーの気力が成否の決め手になる。
インフラ投資
ここまで述べてきたことは、効果を生み出す業務改革テーマ(アプリケーションシステム構築)に対する投資についての話である。通信ネットワークや、コンピュータのハードや基本ソフトや共用ソフトといった、それ自体では効果を生まない投資に対してはどのように考えればよいだろうか。
「いまやコンピュータやネットワークは企業にとって必須のものである。従って必要コストと考えるべきだ」という意見も一部にはある。しかし、これが「なぜ必要なのか」「内容やコストは妥当なのか」という評価や、意思決定する人の問いに対する答えになるだろうか。「PCの単価が××円で総数が××台、掛け算して……、サーバが××円……」といったことは求めている答えではない。「そのサーバとかいうものは、何のために何に使うのか」に始まり、「なぜ? 何のため?」の疑問がエンドレスに続くことになるだけである。
インフラ費用は受益者となるアプリケーションシステムが負担するべきなのである。各アプリケーションの負担額の総計がインフラの総コストとバランスすることが必要条件である。それ以外にはインフラのためのお金の出所はないし、こうしておかないと、企業内でほかの投資との間で投資配分の公正な比較評価が難しくなる(※3)。
この問題の構造を少し掘り下げて考えてみることにする。もし、唯一のアプリケーションシステムしかなく、アプリケーションシステム構築とインフラ整備を同時にやるのなら話は簡単なはずである。インフラへの投資+アプリケーションシステム構築のための投資が投資総計になり、これをベースに投資評価をすることができるので複雑な問題にはならない。
中期計画期間などある期間について、この期間にアプリケーションシステム全体が発現する効果予想と必要とするIT資源と、これに必要なインフラの計画といった見方をすれば、上のシステムのケースと同じ考え方が取れる。大枠の計画をこのような考え方で押さえておくことをお勧めする――図「情報化のグランド・デザイン(中期構想)と検討プロセス」。
インフラ投資の問題を複雑にしているのは、以下のような点であろう。
- インフラは、複数のアプリケーションシステムが共用する
- これら複数のアプリケーションシステムは、時期を違えて構築されるため、インフラに求められる機能、性能(容量)が時間的に変化する
- インフラにも追加更新投資が発生するが、引き金となるアプリケーションシステムはあっても、必要となる対象を特定できない(追加投資すべてが引き金システムのためではない)
しかし、こんな問題はIT・情報システム固有の問題だろうか。社内を見渡せばほかの分野にも同じ種類の問題は散在する(※4)。IT・情報システム問題の特異性を主張する(※5)より、既知の類似問題を探して「あの問題と同じことです」といって、その問題の扱い方に便乗する方が、はるかに楽に理解・納得が得やすい。
すでに子会社化などで実態が先行しているケースも多いと思うが、このインフラ投資の問題構造を次のような例から考えてみてはどうであろうか。
インフラのみを計画・管理運営する(バーチャル)会社を考えてみる
この会社はディスク容量、データ通信量、CPU時間などに、市場価格以下であることを必須の条件とする単価を設定し、各アプリケーションシステムが使用したIT資源の量に応じて、アプリケーションシステムを運営する部門から対価を得る。単価は短期的には赤字・黒字が発生しても、ある期間を通じて見た収入と支出のバランスが取れる値とする運営をする(利益が出るような単価設定をすると、アプリケーションシステム投資の評価が厳しくなり過ぎ、機会損失を生じる。また赤字が出る単価設定はアプリケーション評価が甘くなり、無駄な投資が増えることになる)。
必要なサービスレベルを維持して、市場価格よりどれだけ安い価格でIT資源をアプリケーションシステムに提供できるかが、この(バーチャル)会社の存在価値である。「IT資源の需要と供給のバランスをいかにうまく取るか」「設備の稼働率をいかに高め安定させるか」が計画と管理のポイントになるはずだ。その気になれば、新規のアプリケーション構想をはじめ社内の動きを早期に知ることができるし、利益を出さなくてよい分だけ単価を下げられるという立場にある。外部業者のスケールメリットを生かした価格との競争である。このコスト競争に勝てる見込みが立たないなら、アウトソーシングを考えるべき問題になる。
このような(仮定)条件で、この会社は、何をどうすべきかを考えてみれば、インフラの問題の構造ははっきりする。投資をどう評価すればよいかはおのずと明確になる。これを社内の既存のほかのルールと整合性を取った手順にまとめればよい。インフラの投資評価の扱いは、社内の経費処理のルールや仕組みとワンセットで考えるべき問題だ。「以前からある××の問題、よくご存じの××と同じ考え方です」といえることが鍵になる。最後の仕上げは、総論でのこの考え方・仕組みを、経営層や関係者の理解を求めるための働きかけと、これを踏まえた社内オーソライズ(公式ルール化)である。総論の理解なしに、いきなり各論を出すのでは最初から負け戦になること必至だ。受け身になれば、何をいっても言い訳にしか受け取ってもらえない。
なお、当然のことながら、アプリケーションシステム側(個々のアプリケーションシステムの投資評価)では、このインフラの使用料(インフラ使用の対価)をコストとして計上し、効果はその分だけ差し引いて投資評価をしなければならない。
後編では、評価の難しい再構築やソフト更新の問題、情報セキュリティ投資の考え方、などについて紹介する。
profile
公江 義隆(こうえ よしたか)
ITコーディネータ、情報処理技術者(特種)、情報システムコンサルタント(日本情報システム・ユーザー協会:JUAS)
元武田薬品情報システム部長、1999年12月定年退職後、ITSSP事業(経済産業省)、沖縄型産業振興プロジェクト(内閣府沖縄総合事務局経済産業部)、コンサルティング活動などを通じて中小企業のIT課題にかかわる
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