前回、前々回と2回にわたり、「Fail Safe」や「Fool Proof」というコンセプトを元に、モノ作りに対する考え方などを説明してきた。今回は、コンセプトにまつわる最後の話題として、自動車という“モノ”に対する考え方を切り口に、情報化や情報システムという“モノ”に対するコンセプトの必要性について考えてみる。
少し古い話なので詳細の記憶は定かでないが、ヨーロッパの自動車のデザイナーから次のような話を聞いたことがある。
デザイナーは、日本人の聴衆を前に「皆さんは、自動車というものをどのように定義していますか?」と切り出した。「皆さん(日本人)は自動車というものを機械と見ておられるように思います。その限りでは、日本の自動車は大変優れたものだと思います。しかし、ヨーロッパでは、自動車はある場所からある場所へ“快適に移動する”ための手段と考えています。デザインで最初に考えることは、人が長時間快適に過ごせる姿勢の確保と空間です。まずはシート。その次にハンドルやアクセル、ブレーキなどを人間が一番疲れなく、操作しやすい位置に配置し、広さや高さの確保を考えます。安全性も大切ですが、おしゃれな服装をすると気分が晴れるように、外観のデザインも楽しいドライブにはそれなりに大切です。メカニズム(機械)の問題はその後です。……」といったような話であった。これが自動車に対する彼の概念(コンセプト)であった。
必要最小限の機能を備えれば良いと考えたフランスの国民車シトロエン2CVの基本概念は、『籠いっぱいの卵を載せて1つも割ることなく荒地を走破できる、こうもり傘の下に4つの輪を付けたもの』であったという話がある。
先日テレビ番組で、フォードグループの中で小型エンジンを担当する日本企業と、小型車を開発するスウェーデン企業が取り上げられていた。エンジンの信頼性や寿命を重要視するマツダと、衝突安全性を追求してエンジンの形状変更をあくまで迫るボルボとのコラボレーションにまつわる話であった。時はたてども変わらないものは変わらないものである。
多くの会社では、創業の目的や経営者の哲学などを背景に、会社が存在する目的を経営理念として掲げている。これが企業のDNAとして世代を超えて受け継がれ、すべての問題に対する最終的な判断基準になっている。経営理念を背景に決められた行動規範や、よほどのことがない限り変わることのない企業の長期的に目指す方向が、ビジョンや経営方針として描かれる。
これらを実現していくために、経営戦略やこれを基に策定・実施される具体的な経営施策があり、情報化や情報システムの課題は、経営施策を効果的・効率的に進める手段の位置付けになる。
「うちの会社では、コンピュータはそもそも何のために使うのや?」――それぞれの企業の中で情報システムの存在価値を“一言でいう”と何であろうか?(情報化のコンセプト・理念)。
「コンピュータで、うちの会社を将来どんな姿にするつもりや?」――それぞれの企業の中で情報化や情報システムによって目指す姿を“一言でいう”とどんなことになるのであろうか?(情報化のビジョン)。
「そうするために、どうするんや?」――ビジョンを実現していくために取る考え方や方法は“一言でいう”と何であろうか(情報化の戦略)。
以前会社にいたころ中期計画(1995?2000年)を進める中で、こんなことに対する答えを求められていた。また自分自身でもその必要性を感じていた。皆の知恵を借りながら次のようにまとめてみた。いまにすれば当たり前の内容かもしれないが当時にはいろいろ迷いもあった。これを決めたことによって、遂行途上の迷いは消えていた。
経営理念:人々の健康とすこやかな生活へ貢献する
経営方針:
中期経営基本戦略:
上記の会社の経営の方向付けに対する情報化の考え方として
中期情報化の方向付け(『研究開発型・国際企業を目指す』を踏まえた情報化のコンセプトとビジョン):
情報化の基本戦略:
(注)価値連鎖図の主活動と支援活動の一部を、医薬品事業の特性を反映したロジスティックプロセスと価値創生プロセスに分解して考えた。
ロジスティック・プロセス:原材料購買−>製造−>販売・物流
=>簡素化、グローバル化などを考慮した標準化、効率化の徹底を狙う
価値創生プロセス:研究−>開発−>学術情報活動(*)−>市販後のフォロー
=>情報体系の一元化・情報共有化による第一線の担当者の支援と、業務スピードアップを狙う
最近、ある研究会で聞いた話。「ITによる経営革新」を推進している関西のある家電の会社では、以下のようにITの課題を経営戦略のみならず、理念レベルからのかかわりを考えておられ大変感心した。
“お客さま第1”のための“CRM”
“共存共栄”のための“SCM”
“衆知を集めた全員経営”のための“ナレッジマネジメント”
ここまで考えられていれば、的がブレることは万に1つもないことであろう。
今世の中にはんらんする言葉“IT戦略”とは何であろうか?
見聞きする例では、IT化のテーマがIT戦略と呼ばれているように感じることがかなりある。IT課題の数だけ戦略があり、1つ課題が解決すれば戦略変更ということなのだろうか。
個々の経営施策や業務からの要請に基づき遂行される個々のIT課題や情報システムを、串刺しして1つの方向性を作り出してゆく“もの”が必要なように思う。自社のIT化のビジョンを実現するために、どのような考え方や方法を取るか(逆にいえば、どのような考え方や方法は取らないか)を明確にしておくことが大切だ。
この中では、業務改革やアプリケーションシステム構築の考え方、インフラ問題はもとより、IT化のかかわる組織体制(社内外の役割分担)の問題も避けては通れない(図?情報化のグランド・デザイン〔中期構想〕と検討プロセス)参照。
自社の「情報化のコンセプトとビジョン、IT戦略とは?」について、ブレークタイムの最後の、そして終わりの無い話題として、もう一度徹底的に議論してみていただきたいと思う。
公江 義隆(こうえ よしたか)
ITコーディネータ、情報処理技術者(特種)、情報システムコンサルタント(日本情報システム・ユーザー協会:JUAS)
元武田薬品情報システム部長、1999年12月定年退職後、ITSSP事業(経済産業省)、沖縄型産業振興プロジェクト(内閣府沖縄総合事務局経済産業部)、コンサルティング活動などを通じて中小企業のIT課題にかかわる
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