阪神大震災10年目に考えること、するべきこと(前編):何かがおかしいIT化の進め方(22)(3/3 ページ)
1995年に発生した阪神・淡路大震災から10年余が経過した。震災直後には多くの企業や個人が災害対策を検討したが、そのとき考え出した備えはどこまでできているのだろうか。今回は地震対策を中心にした災害対策について、検討する際にその基礎となる要件を考える。
根本的な問題――一
一企業は社員に対しどの程度の要求ができるものであろうか
このような大きな災害時には、会社の職務の遂行と、従業員(やその家族)の生命・安全との間で大きな葛藤(かっとう)の生じる状況になる。
一般の企業が社員に対して、どの程度の要求ができるものであろうか。この問題に対する基本的な考え方を明確に(できれば明文化)して、前もって覚悟しておくことが大切だと思う。
神戸では、倒れた家屋の下敷きになって身動きできない家族を残して消火活動のため出勤した消防士がおられた(その方の奥さんは亡くなられた)。市民の安全を守る消防士としての責務の忠実な遂行というのは、こういうことなのだろう。美談として新聞に報じられたこの事実に対し、「そこまで求めるべきなのだろうか? 奥さんも市民の1人ではないか」という意見もあった。
一方で被災し、けがをして会社に来られなかった2代目社長に対して「はってでも出てこい!」と激怒した創業者会長の話や、倒壊しかけた建物に30分間だけ飛び込み、決死隊(?)が重要書類を運び出した会社があった。
「一般の企業が社員に対し、どの程度の要求ができるものであろうか?」。この問題は業種や職種によっても、違いがあってしかるべき問題ではある。しかし、生命や安全に大きな脅威のある中での業務遂行ということは、一般企業の一般業務として想定されていないし、また従業員も意識していない問題である。災害時に行われた初動作業の多くは、ルールや契約に基づく範囲を超えて、従業員の責任感や組織への忠誠心、あるいは皆の役に立ちたいという素直な善意に基づく、自発的な行動に大きく依存しているように私には感じられた。
震災の直後、部内での災害対策手順の見直しのため、マネージャを集めて議論したが、この問題について結論は出なかった。被災地から離れた地域に住む人からは、仕事寄りの強硬意見が強かったように思う。部屋に戻った後で、対策手順の冒頭に「自分と家族の当面の安全を確保した後に」の文言を追加することにした。
これは就業時間中に災害が発生すれば、家族の安全確保のために、仕事を放ってでも帰宅させることをも意味している。いったん帰宅させた社員は、次はいつ出社できるか分からないし、いったん出社させた社員は、いつ自宅に帰せるかも分からない。明文化しておかないと実際の場に及んで決断が鈍るという気がした。
政府の中央防災会議では、冬の朝5時、秋の朝8時、夏の昼12時、冬の夕方18時の4つのパターンを設定して被害や対策の検討を進めていると聞く。しかし、上で述べたような人の側面からは、学童の下校の時間である15時という時間帯を加えてほしいと思う。
人がいられる環境を自ら整えなければならなくなる
――最初の大問題はトイレ
職場に人がいてこそ、復旧作業ができる。水、食物、休息の取れる安全な場所、冬季なら最小限の暖房など、人間が安全にいられる環境を自らの手で確保しなければならなくなる。冬山登山の装備が参考になる。
最初に待ったなしに問題になるのは、トイレである。水道が止まっても、ビルの屋上にある給水タンクへの揚水ポンプが停電で止まっても、下水の配管が破損しても、トイレは使用不能になる。2番目の問題が飲料水。渇きは少しの時間しか辛抱できないし、健康に良くない。空腹は半日?1日くらいなら耐えられる。
耐震・免震構造とはいっても、“建物は大丈夫”を前提条件で考えない方がよい。耐震性というのは、柱とか梁(はり)など建物を支える構造部材が残っている状態をいい、壁や窓、床や天井が正常な生活空間の保証ではないらしい。
免震構造もいろいろ工夫はされているようだが、基本構造はゴムなどの弾性材で浮かした建物だ。揺れの周期によって効果は異なるはずだ。縦揺れと横揺れがほとんど同時に来る直下型ではどうなるだろうか。地質や地形によって揺れの特性も異なる。一定の効果はあるにしても、想定外のことが起こることも多い。
カリフォルニアの地震被害を見た専門家が、「日本では絶対あり得ないこと」と豪語していた阪神高速道路はひっくり返り、山陽新幹線の橋げたはレールを“宙ぶらりん”にして落ちた。壊れるはずのないビルやマンションが多数倒壊した。
普通のことをするのが難しい状況――通信手段の確保が最優先事項
当初の段階では、判断に必要な情報がほとんどない状況になる(情報は目の前に見えていることだけ)。また、被災地の人はショックと疲労と心配事とで、多かれ少なかれ“鬱”(うつ)状態になっている。
経験したことのない状況の中では、ぼうぜんとして何から手を付けてよいか分からなくなる。通常なら何でもないようなことの判断が難しくなったり、普通ならできたはずの行動が困難になっていたりする。外からの支援が必要になる。
分かっている人、必要な人がそこにそろっているわけではない
災害の発生が就業時間外であれば、すぐ職場に駆け付けられる人は本当に限られた少数の人である。被災を免れた人でも、徒歩や自転車・バイクしか移動手段がない。また就業時間中であっても、部門長は本社で会議中、部長は取引先へ出掛けて留守、マネージャは地方の事業所に出張中、具体的なことが分かっている担当者は休暇中かもしれない。
ときどき「いま、もし何かが起こったら」といった目で周りを見てみれば、人がそろっているのはむしろまれであることに気付くだろう。いまの災害時対策のマニュアル内容は、人がそろっている前提でのものになってはいないだろうか。人がそろうのは、相当な時間がたってからだ。
今回の前編では、直下型の大地震が発生した場合の状況を、阪神・淡路大震災当時を思い出し、またその後の環境を加味して、筆者が気になる問題をできるだけストーリーの中に組み込んで書いてみた。大きな災害の発生時には、日常考えてもいなかったような問題や事態に直面する。大地震に遭遇した場合の状況を、少しでも具体的に想像していただく一助になれば幸いである。
次号の後編では、問題を少しブレークダウンして、対応への考え方や条件を探ってみたいと思う。
profile
公江 義隆(こうえ よしたか)
ITコーディネータ、情報処理技術者(特種)、情報システムコンサルタント(日本情報システム・ユーザー協会:JUAS)
元武田薬品情報システム部長、1999年12月定年退職後、ITSSP事業(経済産業省)、沖縄型産業振興プロジェクト(内閣府沖縄総合事務局経済産業部)、コンサルティング活動などを通じて中小企業のIT課題にかかわる
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