事の本質を見極めよう:何かがおかしいIT化の進め方(37)(3/3 ページ)
一連の食品偽装事件は事件そのものも問題だったが、それを感情的にたたくばかりのマスコミ、情報をうのみにしがちな視聴者、といった側面にも問題が感じられた。IT業界においても、目先の情報に惑わされず、事の本質を見極める力が求められている。
コストと質のバランスを考える
少し前、ある友人と以下のような話をしたことがある。彼はある大企業の土地・建物やその設備の管理を担当する子会社の社長をしているのだが、昨今は親会社からのコストダウン要求が厳しく、設備保守を行う下請け会社の選定について、数社から競争見積もりを取るよう毎回求めてくるのだという。
しかし、設備機器には1台1台に独特の癖があったり、特に入念にチェックすべき点が機械によって異なっていたりする。その保守には専門的な知識や経験、言葉にできない感覚的なコツが必要な場合が数多くある。長年付き合っていた会社や技術者は、そのようなことを踏まえて保守をやってくれていたという。
だが、毎回競争見積もりを取り、価格が安いというだけで選んだ新規業者には固有の特性を踏まえたチェックや作業は期待できない。また、彼らも次の年に注文がもらえるかどうか分からないから、継続して管理できるような情報や資料を記録、保存したり、ノウハウ継承体制を整備したりすることはない。
その結果、毎年毎年が一からのスタートとなってしまう。レベルアップなど望みようもなく、従来なら防げたような問題が発生したり、結果的に10年持つ機械を7年で交換しなければならなくなったりする場合もあるという。
目先の損得に惑わされてはいないか
価格という分かりやすい尺度の前では、知識・ノウハウといったソフト面や、それによって生じるメリットが十分に理解・評価されないまま受け流されてしまいがちである。その結果、業務品質の低下や総合的なコストアップが後になって起こってしまう。進歩には競争が必要だが、度を過ぎた競争は質の低下とコストアップにつながることがあるのだ。
IT分野でも同じことがいえる。情報システム開発を受注する場合、顧客企業の業界や、会社の特性、価値観を十分に理解しているSIベンダなら、高品質のシステムを短期間かつ妥当な価格で開発できるだろう。しかしそうでない場合、当初の見積もりは安くても、一定の質を確保するうえで追加費用、期間が発生し、結果的に高くついてしまう。
では、開発の依頼先を1社に絞って長期的に付き合えばいいのか、といえば、そうもいかないのが難しいところだ。1社に限定して発注し続けることは、発注・受注双方の担当者の癒着を招き、手抜きや改善意欲低下につながる場合もある。「事情を知っている」ゆえに高質のサービスが期待できる半面、「知り過ぎている」ゆえのデメリットが生じる場合もあるわけである。
これは組織の責任者の倫理観と管理能力によって防げる問題ではあるが、これらが長年にわたって担保できる保証はない。両者が必要な緊張感を維持して共存共栄し、ともにレベルアップしていくためには、別途、適切なチェック・評価の制度化が不可欠となる。ちなみに先の友人は、親会社にオープンにした状態で、外部専門家(コンサルタント)による3〜5年サイクルの監査を検討していた。
システム開発の受発注において、考えるべきことは見積もり額だけではない。労働集約型の業務であり、人の流動性も高いという現在のIT業界の「特性」に立ち返れば、高品質なシステムを作れるのは高度な知識、ノウハウ、技術を持つ集団だけであり、安く作るにはそれなりの特別な仕組み、開発方法が必要である。良好な関係を保つには、その一方でそれなりの監査体制が必要である──こうした本質を見極めて“質”を的確に評価し、コストとのバランスをキチッと説明できる能力が、システム開発の発注者、受注者の双方に求められる。
本質をただせば、ITの課題は「人」
さて、今回は「本質」をテーマに考えてきたが、最後にその視点のまま世界情勢に目を転じてみると、いまIT業界で最も重要とすべきテーマが改めて浮かび上がってくる。それは「人」である。
筆者の世代は「日本は天然資源のない国だから、唯一の資源である人を大切にしなければならない」と教えられてきた。しかし、経済的に豊かになった結果、お金さえ払えばどんな資源も手に入る、と考える世の中に変わっていった。しかし近年、この状況が変わりつつある。
食料、エネルギー、鉱産物などの価格が急騰し、物によってはお金を払ってもなかなか買えない、といった事態が実際に起こっている。「人」というリソースも同じである。オフショアリングが盛んなインド、中国において、さらに経済が発展すれば「IT人材」が不足する可能性は十分に考えられる。
経済情勢が厳しくなることが予想される今日、IT分野もさらに厳しい環境になることは、まず避けられない。人材があれば組織の制度や形態の変更で環境変化への対応はできる。しかし人材がなければ手の打ちようはない。労働集約型であり流動性が高いというIT業界の本質を見極めれば、初心に帰って早急に人材育成に本腰を入れる必要があると思うのだが……。
profile
公江 義隆(こうえ よしたか)
情報システムコンサルタント(日本情報システム・ユーザー協会:JUAS)、情報処理技術者(特種)
元武田薬品情報システム部長、1999年12月定年退職後、ITSSP事業(経済産業省)、沖縄型産業振興プロジェクト(内閣府沖縄総合事務局経済産業部)、コンサルティング活動などを通じて中小企業のIT課題にかかわる
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