“変化”は外からやってくる(後編):何かがおかしいIT化の進め方(40)(4/4 ページ)
ITバブル崩壊から住宅バブル崩壊、サブプライムローン破たんなど、金融危機に陥った米国の影響は全世界に波及した。消費大国、米国の消費機能低下は日本や中国にも大きな影響を及ぼす。われわれは今後、この不況にどう対処していけばよいのだろうか
いま、考えるべきこと(2)〜経済構造と環境問題〜
経済構造の脆弱な新興国は、今回の金融危機で大きな影響を受けているが、国内には大きな潜在成長力がある。適切な施策を取れば、立ち直りは思いのほか早いかもしれない。
1970年代の第1石油危機に対し、当時成長力があった日本はうまく対応してこれを乗り切った。物価は高騰したが、追って収入も増え、この時期に学校を卒業した人は就職に苦労したが、国民生活全体への影響は比較的短期間で済んだ。
このような観点で、現在の新興国を“生産拠点”から“人口25億の消費市場”とみる視点に移すと、世界の見え方は、また別の様相を呈してくる。
“25億の消費市場”として中国・インドをみてみると……
世界は「先進国と新興国における一部富裕層に向けた、高級品などの成熟市場」と、「新興国における大衆向けの、安価な大量生産・規格品市場」に2分される。後者は潜在成長性は高いが、コストが競争力になる世界だ。
また、新興国の成長に欠かせないインフラ整備において、重厚長大型産業への需要が増大するだろう。こうした状況を受けて、すでに各社とも本業分野においてさまざまな動きがあろうが、IT分野でも、新興国を“コスト低減のためのアウトソーシング先”とみる認識を変える必要がある。特に、将来の中国やインドの大量生産、大量消費体制を支える情報システムの整備に必要となるIT人材の需給が、今後、世界でどうなるかをよく考え、観察しておく必要がある。
いま、人的資源を含め、日本の「IT自給率」はどの程度であろうか? 食料問題の二の舞にしてはならない(関連記事参照)。消費人口が増大する時代は、資源が不足する時代だ。資源には“人や技術・技能”も含まれる。お金を払ってもほしいもの、必要なものが買えなくなる時代が間近に迫っている。人への投資を怠ってはならない。
CO2削減は経済問題
最後にもう1つ考えておきたいのは、地球の温暖化や、それに関連するさまざまな問題についてだ。CO2やメタンなどに温室効果があるのは事実だが、縄文時代の気温はいまより2〜3度高かったらしい。温暖化がすべてCO2によるものかということになると、いろいろの意見があるようだ。 CO2削減対策にはときどきおかしな話が混じる。実効ある施策にだけ努力を傾けたい。
省資源、省エネルギーのためには、建物でも、機械でも、ソフトウェアでも、それが耐久資材であれば、とにかく製品寿命を延ばすことだ。寿命が2倍になれば製品を作るための資源やエネルギーは半分になる。理屈でいえば、価格が2倍でも消費者の負担は変わらない。1日8時間の労働を4時間にしても、物質面では変わらぬ生活ができることになる。
消費物資なら無駄使いを減らすことだ。コンビニやファミレスで廃棄される食材などその最たるものだろう。「たとえ売れ残りを出しても、品切れによる迷惑はかけない」──そんな“顧客満足”の名を借りた、際限のない売り上げアップの考え方も変えてゆく必要がある。
道路を作りたい道路族が抵抗していたわけではないだろうが、ずいぶん前から話題にはなっていながら、遅々として進まなかった交通や物流のモーダルシフトなども、いまが進めるチャンスである。自動車に比べ、鉄道はエネルギーの消費量が格段に少ない。これらのような“省資源、省エネルギーのための仕組み”をうまく動かすためのIT活用には、まだまだ考える余地があるだろう。
ただし、いま皆がこんなことをいっせいにやれば、経済はますます停滞してしまう(関連記事参照)。不況を脱し、景気が回復する過程で、この新しい方向への成長軌道を徐々にたどれるようにすることが重要だ。そのために、まずは考え方や価値観を変えておく必要がある。非常時が考え方を大きく変えられるチャンスである。
われわれ国民がしっかりしなければ
さて、2回にわたってさまざまに考えを巡らせてきたが、こうしていまの世の中を見渡してみると、あらためて心配に思うのは、現代社会の価値観だ。
20年前、ソ連の崩壊とともに、計画経済と一党独裁を旨とする共産主義を標榜した社会は終焉を迎えた。 いま、“市場原理主義という行きすぎた自由経済”と、“お金に左右される政治”“お金が万能であるかのような社会の価値観”によって、自由と民主主義を標榜するわれわれの社会が危機に瀕しつつある──そう考えるのは心配しすぎであろうか。
第2次大戦の終了後、多くの日本企業は事業のメドも立たない時期に、戦地から戻ってくる元社員たちをすべて復職させた。行商のような副業までして、その日その日を食いつないだ大企業もある。昭和の時代には、不幸にして人員整理に手を付けざるを得なかった企業経営者の多くは、その後で自らも責任を取って身を退いた。
非正規雇用を制度化してしまった現在、多くの若い人たちが成長の機会を与えられず、向上意欲の持てない状態に置かれて久しい。 経営者は安易に人員整理に手を付けるようになった。部下は上に習う。これでは安易な方法を求め、真剣な努力をしなくなる。
本来なら部下の力を前向きに結集させる役割であるはずの管理者が、“リストラの理由”にしようと、部下のミスを探すような不安や不信の漂う職場では、従業員は保身に走り、力を発揮するための努力をしなくなるだろう。こんなことが続けば、組織の底力は著しく低下し、これが日本の国力に対して、長期にわたって計り知れない悪影響を与えることになるだろう。“改革とグローバル化”に名を借りた“米国化”の最悪の結末の1つだと思う。
政治問題に触れるのは本意ではないが、日本がここまでに至った現状と将来を考えるにあたり、日米関係の実態を知る手がかりとして、在日米国大使館がWebサイトで公表していながら、日本政府も、さらにはなぜかマスコミも触れたがらない、日米間の「年度改革要望書」の内容が1つの参考になると思う。身近な分野の問題において、表面的な表現の裏に隠されている“具体的な内容”を想像してみてほしい。この十数年、日本がやってきたことを振り返ってみてほしい。われわれ国民が本当にしっかりしないといけない。
本当に“豊か”な社会に向けて
前回、冒頭で述べた、北京オリンピックの入賞者インタビューでは、多くの日本人選手が、支えてくれた人々への感謝の言葉を述べ、「“子供たちに希望を与えたい”との気持ちで頑張った」と語っていた。まず自分の将来を考えるのが普通であろう20歳代の若者に、子供たちの将来を心配させている、この世の中をどう考えたらよいのだろう。また、生活苦に耐えて、福祉の現場で献身的な努力をする多くの若い人たちがいる。一条の光を見る思いがするが、われわれ大人の世代は何をしてきたのだろうか。
過去数十年、個人主義、個性尊重などと“個”をもてはやす風潮があった。しかし「自分のため」だけに行動するというのは、いかにもむなしい。「ほかの人の役に立っている」ということの方が、より大きなモチベーションになることが、認識できる社会になってほしい。
かつて毛沢東思想しかなかった中国で、オリンピックのアトラクションに「孔子」の名前が出てきた。「有徳」の国づくりを目指そうという兆しなら大歓迎である。
profile
公江 義隆(こうえ よしたか)
情報システムコンサルタント(日本情報システム・ユーザー協会:JUAS)、情報処理技術者(特種)
元武田薬品情報システム部長、1999年12月定年退職後、ITSSP事業(経済産業省)、沖縄型産業振興プロジェクト(内閣府沖縄総合事務局経済産業部)、コンサルティング活動などを通じて中小企業のIT課題にかかわる
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