持続可能社会とITシステムはどう在るべきか(前編):何かがおかしいIT化の進め方(45)(4/4 ページ)
年々、関心が広がっている地球温暖化問題。日本は「2020年までに1990年比でCO2を25%削減する」と国際社会の場で世界から突出した約束をした。しかし、それをそのまま受け入れてしまっても良いものだろうか? CO2削減の動きを作り出している“背景”について、われわれが自ら考えてみる必要があると思う。
ローマクラブの『成長の限界』
地球温暖化問題、CO2削減問題をさかのぼると、ローマクラブの『成長の限界』プロジェクトに行き着く。
高度経済成長の結果として生じた大気や水質の汚染――特に水銀などの重金属や、「DDT(有機塩素系の殺虫剤/農薬)」などの有毒化学物質による汚染が世界中で大問題となったことを受けて、1960年代の終わりから1970年代にかけてエコロジーブームがあった。そうした中、ローマクラブは資源問題、人口問題、環境問題など、世界規模のさまざまな問題に対応することを目指して、イタリア人の実業家であり文化人であったA.ペッチェイらによって設立された。
「人口問題や環境問題が続けば、100年以内に人類の成長が限界に達する」と説いたローマクラブによる第一報告書は数カ国語に訳され、世界的なベストセラーになった。日本では『成長の限界』(D.メドウズ=著/大来佐武朗=訳/ダイヤモンド/1972年)として出版された。
この報告書は、「このまま人口が増え、経済が成長し、資源が消費され、環境が汚染されていった場合、地球はいつまで人間の生息を保証し得るだろうか?」という問題意識から、ローマクラブが「人類と地球の将来への危機プロジェクト」を立ち上げ、その具体的な検討作業を、米国MITの助教授であったD.メドウズの研究グループに委託した、その研究結果である。日本からは日本経済センター理事長であったエコノミスト、大来佐武朗氏が常任委員として参加した。
このプロジェクトでは、人口、食糧、天然資源、資本(経済)、汚染という5つを基本要素として、それらの相互関係を1つの世界モデル(注8)にまとめ上げた。そのうえで2100年までの状況を予測し、シミュレーションをとおして、永続性のある人間社会、均衡状態に到達させるための条件を探った。
『成長の限界』の結論から、ポイントとなる2100年までのシミュレーション結果をいくつかピックアップしてみる。
- ケース1:社会システムの条件が現状(1970年)と大きな変化なく継続された場合――工業資本ストックは、資源の莫大な投入を要求するほどに成長し、資源埋蔵量の大部分は底を着く。資源価格の高騰により、ますます多くの資本が必要となって、投資は資本の減耗に追い付かなくなり、産業の基盤が崩壊する。化学肥料、農薬、医療設備、コンピュータや機械化のためのエネルギーなど、工業からの投入物に頼る農業、サービス産業も巻き添えになる。人口は、年齢構造と社会適応の過程による時間遅れのために増え続け(注9)、短期間のうちに事態は深刻となる。そして食糧不足と健康維持サービスの不足により死亡率が上がり、人口は急減に向かう。
- ケース2:資源埋蔵量が2倍あるとした場合――資源制約が低くなれば、ケース1より工業化は速く進むが、汚染が拡大し、死亡率の増加と食糧生産の減少により、人口は早期に減少に向かう。
一方、こうしたシミュレーションに対し、このプロジェクトの目的である「どうすれば永続性のある社会が築けるのか」を模索したシミュレーション結果(注10)として、以下の2つを紹介する。
- ケース3:永続性のある社会の模索(1)――1975年以降は、出生率=死亡率として人口を安定化させ、さらに資本投資率=資本減耗率として資本のレベルも安定化させたとする。こうした安定化政策を行っても、資源がボトルネックとなって、1人当たりの工業生産、食糧がやがて低下に向かう。
- ケース4:永続性のある社会の模索(2)――ケース3に、資源の再循環、汚染防止、資本の寿命延長、荒廃土地の再生などの技術政策を(安定化する水準まで)加えることにより、1人当たりの工業生産の平均値は1970年の3倍となり、人々の価値観は工業生産よりも食糧とサービスに重きをおく方向に変化する。
『成長の限界』には、「1900〜1970年までの状況は、シミュレーション結果とよく合っている」と記述されている。これはそうなるように社会構造をモデル化し、そうなるような諸定数を用いたゆえであろう。つまり、シミュレーションに使った世界モデルの基本設定が、過去70年間の現実の状況に精密に適合したものになっているということである。それだけに、「社会システムの条件が現状(1970年)と大きな変化がない場合」と規定されたうえで導き出されたケース1、2の予測精度は、けっこう高いのではないかと思われる。
このレポートでは、結論として「統合化したこの(シミュレーション)モデルは決して完璧なものではないが、それでもある程度の確信を持って言えることとして、“人口と工業の成長は遅くとも21世紀内に確実に停止する”」と述べている。ちなみに、当時のこのモデルには、いま先進国にとって脅威となっている中国をはじめとする新興国の経済成長は想定されていない。つまり、新興国が勃興した現実を考えれば、1990年以降は、このシミュレーションの結果よりも、さらに厳しい状況になっていくはずである。
CO2は、資源をめぐる西欧先進国と新興国の戦いの象徴?
人口、経済、汚染など、社会を構成する要素の多くは幾何級数的に変化する。1970年当時、こんなたとえ話がよくなされた。「池に蓮の種を1つまいた。蓮は成長し、水面を覆う葉の面積は毎年2倍に増えた。50年たったいま、ようやく池の半分が蓮の葉で覆われるようになった。水面すべてが葉で覆われるまでに、あと何年かかるか?」
答えは1年である。小さな1つの細胞が長い年月をかけて細胞分裂のたびに2倍に増え、末期には急速に大きくなる病気のがんと同じである(注11)。
すなわち、1970年当時から社会全体で漠然と考えられていた懸念――「われわれの住む地球、文明社会などの継続には限界があること」が、1972年に発刊された『成長の限界』によって、具体的に目の前に突き付けられたのである。
その後しばらく、関連するテーマの研究や国際会議が行われたが、地球や文明社会の継続という問題に正面から取り組もうという動きにはならなかった。しかし、西欧社会からは、19世紀に「幾何級数的に増加する人口と算術級数的に増加する食糧の差により、人口過剰、貧困が発生する」と主張したT.マルサスの「人口論」をはじめ、1970年代の「成長の限界」、1990年代に流布された石油のピークアウトの問題など、資源・人口にかかわる数々の問題が提起されてきた。そして現代の地球温暖化/CO2削減問題である。
それらの底に流れていたのは、「人類の絶えざる欲望のために、科学や技術の力が犯した大きな問題に、いまこそ真剣に取り組まなくてはならない」(注12)という“理性による認識”だけではないように思う。前のページで“国際政治”という側面から述べたように、「食料をはじめとする資源の枯渇から自らの生活水準を守るために、その制約となる問題――特に後進諸国の人口増加や、経済の発展を抑制したい」という、西欧先進国の“本能的な思惑”も、こうした問題提起の背景に在り続けてきたように感じる。
いま、そうした西欧先進諸国と、豊かな生活を求める新興国の利害が正面からぶつかり合うところまで来た。 日本を含めた西欧先進国の人口は約10億、ここへ迫り来る中国は14億、さらに後に続くインドは13億である。これから何が起こるかは明白である。特に昨今の社会に起きる現象を見ていると、種々の資源枯渇の到来がいよいよ待ったなしの状況になってきたように思える。
つまり、いま対応が叫ばれているCO2削減問題は氷山の一角に過ぎない。環境問題として、ナイーブ(馬鹿正直)に温暖化対策、CO2削減に取り組めば良いという問題ではないのである。CO2は資源の使用によって発生する。問題の焦点をCO2に絞ることによって「一般にも分かりやすい問題」へと“加工”され、“最後のチャンス”として、西欧先進国から再提示された「資源問題」と考えるべきなのだ。
その対象は、エネルギー資源にとどまらず、食料、水、鉄鉱石、希少金属、希土類などを含めた、すべての資源の「確保」「使用の抑制と効率化」「リサイクル」「それらのための技術開発」にまで及ぶ。さらには「社会の仕組みの再構築」「お金と物の量を重視する文化からの脱却」までも含んだ、大きく複雑な問題なのである。
次回、資源問題が引き起こす今後の国際社会の変容と、それに対するIT業界の変化、取るべきスタンスについて、さらに考えを掘り下げてみたい。
profile
公江 義隆(こうえ よしたか)
情報システムコンサルタント(日本情報システム・ユーザー協会:JUAS)、情報処理技術者(特種)
元武田薬品情報システム部長、1999年12月定年退職後、ITSSP事業(経済産業省)、沖縄型産業振興プロジェクト(内閣府沖縄総合事務局経済産業部)、コンサルティング活動などを通じて中小企業のIT課題にかかわる
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