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» 2009年04月21日 08時30分 公開

麻倉怜士のデジタル閻魔帳:ソニーはきらめきを失ったか (3/4)

[渡邊宏,ITmedia]

麻倉氏: 「自由闊達にして愉快なる理想工場」――世の中にないものを作り出し、トレンドを生み出す。 それは創業の時代から続くソニーの魅力です。

 並び称されることも多いアップルはもの作りではなく、IT技術からスタートしているからこそ、「もの」に縛られない発想ができたといえます。似ているところもありますが、ソニーとアップルは違う会社なのです。ものに対する情熱やビジョンがないと、ソニーという会社は引っ張れないと思うのです。ソニーがネット企業になって、ソニーらしいものが失われるなら、そんなソニーはないほうが、世のためです。

 ソニーのトップは、積極的に「もの作りはこうあるべき」「ソニーはこうあるべき」というビジョンを示せる人でなくてはならないでしょう。トップがどれだけ夢が語れるか、その実現のために采配を振るえるかが大事になるのですが、ストリンガー氏には残念ながらそのパッションが希薄であるように思えます。

 ソニーのトップは、技術の評価ができなければいけません。それができたのは、久多良木氏でした。久夛良木氏を見ると、自己発火型というか非常に強い信念を持った人で、「この人だからプレイステーションやCELLが生まれたのだ」と納得できます。ストリンガー氏を見ていると、事業部の壁を壊して、オープンテクノロジーを導入しようとは言っていますが、「それぐらいしかできないのでは?」という気がします。

photo ストリンガー氏

 「事業部の壁を壊して」なんてスローガンはどの会社でも出る話ですし(私の記憶では、業界的に数十回、似たような融合キャンペーンが張られていました)、オープンテクノロジーという話も分かりやすくはありますが、他人と同じ技術しかないソニーになんて、魅力はないです。

 大きな問題は、本質的に「創造」という意味で、もの作り力が衰退していることです。CELL事業を東芝へ売却したり、ロボット事業から撤退したり、画像処理の天才、近藤哲二郎氏(DRCの発明者)の輝かしい成果をスポイルしたり――それらはすべて、いまの不景気下という雰囲気にあった、チープなもの作りへの強制移行のように感じます。高コスト体質が残っているからとストリンガー氏はいいますが、それを排除すると水平分業化が進み、最終的にはソニーロゴがついていれば、それだけでソニー製品という状態になりかねませんね。

 ストリンガー氏からはソニーが好きだという愛が伝わってきません。愛情がないとまではいいませんが、上の人であればあるほど、ものすごく熱い思いがないと、新しいものを創り出す際の源泉にはならないでしょう。ソニーを率いるのには、ソニー的な価値観が体に染みついている人でないと、どんな時代になっても難しいと思います。

 最近では溜めた資金をレコード会社買収などソフト面に投入することも多いです。ハードメーカーがソフトメーカーを所有することのメリットは、「ハードあってのソフト、ソフトあってのハード」という状況を作り出したいときだけです。ソニーは映画や音楽を始め、さまざまなソフトメーカーと資本関係を持っていますが、資本関係があるというだけで、密な協力体制を築けるほど事態は甘くないでしょう。

 「ソニー・ピクチャーズのコンテンツは、ソニーのプレーヤーでなければ再生できない」という限定条件でも設けない限り、もはや、ハード会社がソフト会社を抱える明確なメリットはありません。現実にはソニー・ピクチャーズのBlu-ray Disc作品は、パナソニックのBDプレーヤーで観ると最高だったりします。ソフトに関してはどこかとクローズな関係を結ぶのではなく、オープンであるべきでしょう。オープンなベースに、ほかにないクローズなスゴイ技術を提供するのが本筋なのに、クローズなベースにオープンなテクノロジーを供給しようというのが、ストリンガー路線ですね。

 サービスにしても、動画サービス「eyeVio」を他社へ譲渡します(ソニー、動画共有サイト「eyeVio」を譲渡 「限界見えた」)。失敗の原因は「ソニー色の着いたサービスでは、メディアの中立性に難点があるとされ、広告主やユーザーの支持が得られなかった」ということでした。サービスもクローズではよくないという雄弁な事例ですね。

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