麻倉氏:立体映像、特に今回提示されたのは、映画から始まった垂直方向の平面スクリーンに2次元映像が表示され、それを離れた位置で観るという、これまでのスタイルとは全く異なるものです。先程言ったサッカー場の提案では、ホログラムを使うことで上方や横側など、さまざまな角度から観ることができます。これはインテグラル方式では不可能なことです。映像の体験が全く違う次元に進むことが感じられ、将来に向けて面白い世界が広がってゆくことが分かりますね。
また、今回の展示にはありませんでしたが、最近盛んなVR技術も立体映像と親和性が高いですね。これらは「Google Glass」やマイクロソフトの「HoloLens」といったメガネデバイスを用い、周囲を強制的に遮断して3D映像を投影し別世界をつくるのですが、最大の問題点はやはりメガネ型デバイスを使うことでしょう。その点インテグラル立体テレビやホログラムはメガネ不要です。ディスプレイと視聴者という従来のテレビ的なスタイルで、システム構造を変えずに8Kから立体化へ向かうというメッセージが見えました。
――立体テレビは実に未来を感じさせる技術展示が目白押しでしたが、近い将来のテレビ技術はどうだったでしょうか?
麻倉氏:ではここからは、新しいテレビ体験に関する技術展示を見ていきましょう。まずは制作側の話として、スマートプロダクション技術です。これはSNSに出てくる写真や音声情報、文字情報を基に、ニュースを探すというものです。例えばTwitterで流れてきた雷や雨という情報に対して、天候異変が起きていると考えられるのでそこへ取材に行き、そのニュース素材をマルチスクリーンのみならず、手話や簡素な日本語に直す、などといったものです。番組を作る段階でのネタ探しから視聴者へのデリバリーまで個別に対応する、これも1つの新しいテレビ体験でしょう。
――ネット上の情報は伝達速度が速いですが、一般的に信憑性に関しては劣ります。この点をどう解決するかが肝ですね
麻倉氏:インターネット活用に関しては、もう少し違ったアプローチも試みられています。例としてはテレビ番組で見たお店の近くを通った時に、情報をスマホへ表示させるというものです。これも通信と放送の各コンテンツをマッチングさせることによる、1つの新しいメディア体験ですね。通信時代における放送の生き残り方の1つと言えます。
こういったネット技術の中で面白いと感じたのは、タイムシフト試聴でいかに番組を見つけるかというものです。これはかなり現実味のある話でしょう。現代のタイムシフト環境でかなり理想に近いものは全録レコーダーですが、実は全録から目的の番組を探すのはかなり大変です。
――東芝の「REGZA」(レグザ)やPTPの「SPIDER」などは、こういった全録環境におけるキュレーション(オススメ・提案)技術を熱心に開発していますね
麻倉氏:今回提案されたのは「タイムシフト環境における番組発見行動」という、全録クラウドから番組を探す実験で、内容は4年間分の全番組情報の中で観たい番組を被験者に探してもらうというものです。4年間分の全録ともなると番組カタログがあまりに膨大なため、手がかりが何も無いと視聴者自身が「何を観たいか」さえ分かりません。
そこで有効なのが、映画の予告編のように数十秒単位で各番組をつまみ食いしつつ、その中から面白そうなものをチョイスしていくザッピングです。ザッピングの方法として考えられるのは、時間単位で無差別にピックアップする、あるいはキーワードや出演者によるピックアップなどです。こうやって大量のカタログの中からある程度面白そうなものをリストアップするのです。
今回は時間単位で無差別、番組情報タグを入れて、さらにキーワードタグを入れてという、3つのケースで興味のある番組を見つけてもらうユーザー調査をしました。当然ですが後者になるほどチョイスした番組に対する興味率が上がるという結果になりました。
この実験は「これまでの映像アーカイブをどう活用するか」というビジネスへ発展する可能性を秘めています。例えばアーカイブ番組の高画質化を考えてみましょう。今の番組ではなく、自分の趣味嗜好に合わせたものを膨大な過去番組からチョイスしていくことで、エアチェック時代のオリジナルテープのようなものができあがります。こういったオリジナルプレイリストをザッピングで作るというのは新しい考え方ですね。
――全録に関して以前「パーソナルVODマシン」と表現しましたが、こういった技術があればその真価が発揮されてテレビライフがずっと豊かになりそうです
次回は8Kスーパーハイビジョンに関する話題をお届けします
1950年生まれ。1973年横浜市立大学卒業。日本経済新聞社、プレジデント社(雑誌「プレジデント」副編集長、雑誌「ノートブックパソコン研究」編集長)を経て、1991年にデジタルメディア評論家として独立。現在は評論のほかに、映像・ディスプレイ関係者がホットな情報を交わす「日本画質学会」にて副会長を任され、さらに津田塾大学と早稲田大学エクステンションセンターの講師(音楽史、音楽理論)まで務めるという“4足のワラジ”生活の中、音楽、オーディオ、ビジュアル、メディアの本質を追求しながら、精力的に活動している。
神戸出身の若手ライター。「デジタル閻魔帳」を連載開始以来愛読し続けた結果、遂には麻倉怜士氏の弟子になった。得意ジャンルはオーディオ・ビジュアルにかかる技術と文化の融合。「高度な社会に物語は不可欠である」という信念のもと、技術面と文化面の双方から考察を試みる。何事も徹底的に味わい尽くしたい、凝り性な人間。
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