会場には、これらのモデルが実際に触れる形で置いてある。自分の定期入れを使って(もちろんSuicaでも)、どのモデルがどんな感じか試してみよう(残念なことにアンテナは生きていないので、正しく読み取られているかどうかはわからない)。
そして、壁には、実験で撮影されたビデオが映されている。実験の生データだ。これが雄弁なのだ。それぞれのモデルについて、どういうミスが発生しているか、どういうミスを誘発しがちなのか、(私なんかは素人ながら)分析を追体験することができるのだ。
例えば、アンテナ部分以外に光っているところ(OKランプなのだけど)があると、そっちにカードを向けたがりがちになるなんてことが分かる。いくら「ここにカードをかざしてください」と大きく書いてあっても、だ。
この実験の結果、デザインされたのが1997年のプロトタイプだ。アンテナパネルは「13度」という傾きを持っている。これで、使用者は一瞬カードを止めてくれる。そして、光る部分はアンテナまわりにしかおかない。
もう一つ大事なのが、「かざしてください」から「ふれてください」(タッチ&ゴー)への変化だ。私は、Suicaが登場したとき、「非接触のICカードなのに、ふれてくださいはないだろう」と悪口をいったのだけど、それはあさはかな感想だった。
この1997年プロトタイプは、実用に十分な性能を示した。読み取りの成功率は磁気式と同等以上になったのだ。これにより、JR東日本は2001年のSuica導入に踏み出すことになる。
ここで、確認しておくと、1995年のプロトタイプも1997年のプロトタイプも(実際に設置された量産型も)、アンテナやICカードなどという“デバイスの性能”は全く一緒だということだ。変わったのはデザインだけ。それだけで、読み取り率というスペックが大きくアップする。“ユーザーインタフェースデザイン”というのは性能の一部なのだ。
山中さんたちの仕事はここまで。彼らは普通の意味でのデザイン=見栄えには全く関っていない。
「私たちがデザインしたのは、人と機械を結ぶ基本形である。そういうデザインもあるのだということを理解いたたければ幸いである」(山中俊治)
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