イヤフォンより、さらに端末によって仕様が大きく異なるのが外部スピーカーだ。
携帯電話に内蔵される超小型のスピーカーではそもそも空気を振動させる力が弱く、設置方法や筐体サイズの制限なども相まって、とくに低音域の音を出力するのが難しい。そこで、その出ない音を“あたかも出ているように”聞こえるようにするために用いられたのが「ハーモニクス合成」という手法だ。
ハーモニクスとは「倍音」のこと。DBEXを有効にすると、音にこの「倍音」が合成される。すると出ていないはずの低音も「出ているように聞こえる」ようになる。
「人間は周囲の状況に応じて、聞こえていない音を頭の中で補完する能力があります。ハーモニクス合成で実際に聞こえる周波数帯の音に倍音を加え、さらにパラメーターを調整します。この、“補完”を行うよう働きかけることで、より自然な音を再現できるようになりました」(山木氏)。
このパラメーターの調整には、そもそもスピーカーでどのような音が鳴っているかが重要になる。しかし、携帯は各端末ごとにスピーカーコーンの大きさや形状、コーン後部のスペースなどが異なる。そのため、個々の端末に合わせたチューニングが欠かせなかった。
「普段の利用シーンを想定し、携帯を手に持った状態でどう聞こえるか。そして左右からきちんとステレオで聞こえているか。1つ1つ社内のプロテスターが実際に聞きながら調整しました。社内だけでなく音楽関係者からも音質を評価してもらい、それらも音づくりにフィードバックしました」(山木氏)。
なお、小さなスピーカーではボリュームを上げると音が割れやすくなる傾向がある。「音量と音圧は違います。音割れを防ぐのはもちろん、音量が小さくても個々の音がしっかり聞こえるように音圧を設定しています。例えば“着うた”は、着信音としてJ-POPを楽しむユーザーの割合が多い。その利用シーンに合わせてボーカルの声が聞こえやすいように、いちばんよい状態で着うたが鳴るよう調整しています」という。
こうした音質の調整には、ヤマハが着メロで蓄積してきたノウハウも存分にいかされている。向嶋氏らが所属する半導体事業部では、6、7年前から着メロの音源チップの開発を手がけてきた。その際に培った「メロディをスピーカーからどう聞こえやすく、よい音で鳴らすか」というノウハウが今回の音づくりの取り組みへ存分に活かされた。
「携帯電話はここ数年でより小さくなり、外部スピーカーも小さくなる傾向もあります。しかし、これからの世代にとっては携帯で聴く音楽が、音楽の原体験になる可能性も高くなっていると思います。そのため携帯を高音質化し、“感動できる音づくり”を演出するのは、音響メーカーであるヤマハにとっての使命でもあります」(鳥羽氏)。
今後も今回の取り組みだけに留まらず「マルチチャンネルによる“コンサートホール”のような音場の構築など、より臨場感のある音づくりを目指していく」(山木氏)予定だという。
鳥羽氏の言葉通り「初めて触れるオーディオプレーヤーはケータイ」という世代も今後、増えていくだろう。もちろん、すでに携帯をポータブルオーディオプレーヤーとして利用するユーザーも少なくない。
携帯において、「音楽“も”楽しめる」もそうだが、「音楽“を”聴く」というシーンも確実に定着しはじめた。高音質化により、“音楽で感動できる実力”がより高まるのであれば、今後はその傾向にますます拍車がかかるに違いない。
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