連載
» 2007年02月22日 10時09分 公開

第7回 女子大生に教えられた「モノ作りはヒト作り」小牟田啓博のD-room

数々の端末を世に送り出してきたデザインプロデューサーの小牟田啓博氏が、日常で感じたこと、経験したことを書き綴る「小牟田啓博のD-room」。去る2月、武庫川女子大学で講師を務めた集中講義。デザインと無関係だった学生たちのアイデアは、意外で新鮮なものだった。

[小牟田啓博,ITmedia]

 だいぶ春を感じる季節となってきましたね。梅の花が赤や白で彩りを魅せてくれていますし、ケータイでは20色ものカラーバリエーションとして登場したソフトバンクモバイルの「812SH」など売り場を彩り、春を楽しませてくれています。

 さて今回は、“モノとヒト”、とくに“ヒト”を中心としたお話をしてみましょうか。

バレンタインデーの解釈を広げて“包む”をテーマに授業スタート

 今年、僕はひょんな御縁から、兵庫県にある武庫川女子大の授業をすることになりました。今までに講演という形は何度もお受けしてきたのですが、授業というのは初めての体験でした。

 授業を受けることすら向いていない学生生活を送ってきた僕なのに、その僕が学生さんに授業をする側になってしまった。これは大変なことです。どんな授業にしようかと、考えれば考えるほど難しい。

 そこで、みんなとコミュニケーションをとりながら授業内容を決めてしまうことにしました。こちらから一方的に押し付けるカタチにするのではなく、少しでも学生が能動的に参加できる授業、参加したくなる授業、そんな授業を目指しました。

 2月前半の2週に渡る授業ですから、ちょうど彼女たちにとってはバレンタインデーのことで頭がいっぱい。それならというわけで、話の流れからバレンタインにちなんだ課題にしよう、という方向になりました。

 ただし、学校の授業でケーキやチョコレートを作るわけにもいきませんし、何せ急にその場で決めていますから、学校の設備を貸してもらえるはずもありません。

 であれば、少し解釈を広げて“包む”というテーマでパッケージをデザインしよう。パッケージデザインを通じて実際のモノ作りを体験してもらうことにしました。コンセプトを考え、使う側を想定し、アイデアを展開、試作品の完成、そしてプレゼンテーションシートの作成まで。

 さらに最後には、みんなの前でプレゼンテーションをしてもらことに。

 テーマが決定しました。でも、僕が決めた手順と完成イメージを発表した時点で、ささーっと音がするくらいに引いてしまった学生たち。実際に課題がスタートしてみると、同時に戸惑いもスタートしたかのようでした。

 机に向かってじーっとしてても始まらない。なにかきっかけをつかんでもらおうと、学生数名を部屋から連れ出して、学内の書店に向かいました。歩いて環境を変えるという体験をすること、課題の取っ掛かりになるような題材探しのために雑誌を選んでもらいました。この雑誌を選ぶ時点で、モノ作りモードに入ってもらうのが狙いです。

 手当り次第に雑誌を選び、色紙や半紙、プラ版、画用紙やケント紙なども合わせて買い込んで教室に戻ります。これらの題材をヒントにして、みんなが思い思いの方向性にアイデアを出し始めました。

 それから間もなくして、ある学生はほんの数分で「紙を切って寄せ集め、花をモチーフにしたデザインにしたい!」とアイデアを持ち込んできました。彼女は紙を使って花らしいフォルムをイメージし始めたようです。僕はそのレスポンスの良さにとても驚き、楽しいモノができ上がりそうな予感がしてきました。

 一人が僕のチェックを受けて、いくつか僕からのアドバイスを持ち帰ると、ほかの学生たちも次々に「先生、こんなんで大丈夫ですか?」と、アイデアを持ち込んできます。僕がOKを出さないと次のステップには進めないと決めたからです。

プロダクトデザインの知識がゼロだから生まれる彼女たちの創造性

 基本的に僕はまったくアイデアの否定をしません。むしろこちらもデザインディレクターのプロですから、ベースのアイデアをさらに飛躍させるために、僕からもアイデアを付加していきます。

 それを何度か繰り返していくことで、思いもよらないすごいアイデアに昇華していくからです。

 午後になると、みんなが積極的に考えることを楽しみ始めていました。なかには早速試作の手を動かしたくて、居ても立ってもいられなくなり材料の買い出しに行った学生も数名いたほどです。

 アイデアが進化するうちに、当初想定していたコンセプトすら変化してしまうことも善しとしました。するともう止まりません。みんな際限なくどんどん発想が広がっていきます。

 方向性を見い出せずに悩む学生もいましたが、ここがプロのディレクターの腕の見せ所です。どんなに些細なアイデアであったとしても、僕の経験とアイデアを付加することでプラスのエネルギーに変えていきます。 

 誰のアイデアかはここではどうでもよくて、とにかくすべてが彼女たちのアイデアとしました。この日の最後には、ほぼ出席者全員が方向性を決めて持ち帰ることができました。

 プロ顔負けの素晴らしいアイデアがいくつも展開されてきて、なかには「俺と一緒にビジネスにしちゃおうか!」と言わせるものまでが出てきたほどです。これには僕も興奮を隠せませんでしたね。超一流デザイナー? と思わせるようなアイデアの数々は、とくにデザイナー志望でない彼女たちから出てくるようなレベルではないからです。

 この学生たちは生活環境学科の2年生で、デザイン志望というわけではありませんし、基本的にプロダクトデザインの知識はゼロに等しいわけです。だからこそ、余分な情報に振り回されることなく、素直になって一心に自分と自分のアイデアと向き合うことができ、それがヒトの可能性をどんどん広げていくのだと……。そんなふうに彼女たちは僕に教えてくれました。

 さて翌週が、今回の集中講義の最後の日です。僕は彼女たちに対して1週間という時間が、半分くらいはモチベーションを低下させてしまってもやむを得ないと考えていました。

 ところがですよ、予想を遥かに超えて、みんながみんな作品とプレゼンシートを一生懸命に作ってくれていました。なかにはすべて終えてきて、みんなを褒めて回っている学生もいたくらいです。これには僕も本当に驚きました。

 作品の完成を迎えるまでの間に、数名の学生から熱心に相談のメールをもらうこともありました。悩んでメールを送ってきて、ときには僕はアイデアのアプローチに変化を与えるアドバイスをしたり、ときには試行錯誤を重ねたことに対してフォローをしたりもしました。

授業のレベルじゃもったいない! 僕の発想を大きく超えたプレゼンテーション

 全員が想像以上に熱心に課題に取り組んでいたのです。これは嬉しいですよね。再三、僕から「モノ作りは楽しい!」だとか「モノづくりは素晴らしい!」と言われてきたこともあってか、時間に追われて大変ななかにも有意義な時間を見い出して、それぞれがしっかりとモノ作りをしているという自覚を持って、この1週間を過ごしてきたのです。

 プレゼンテーションは午後に予定していました。その日の午前は、みんながそれぞれ仕上げてきたアイデアを見て回りました。

「蓮の花のジュエリーパッケージ」(左)和紙を切って貼って、数々の試作を繰り返した結果完成した秀作。実物は和紙を使って作ったものですが、ライティングと周囲の演出をきれいに飾り付けることで、美しさがとても出ています。「こういった方向で作りたい!」と、学生自身が早い段階でイメージを完成していたため、僕はここまで演出してくるとはまったく予想しませんでした。ちなみにこの画像は作者である学生がケータイで撮影したものです。「ナチュラルをテーマにした木のパッケージ」(右)贈り物に気持ちを込めて、さらに温かみを表現したいということで、実際の木を加工し て作った作品です。素朴さの中にも作者の思いが温かみとなってうまく表現されたものに仕上がっています。この学生は三日間学校の工房にこもって、ひたすらノミや彫刻刀で削り続けたという力作です


 花をテーマにした学生は、美しい写真を撮って僕にメールで送ってくれました。元気が取り柄の学生は、“元気”を色や素材で表現しようとずいぶん悩んだ末に、とても彼女らしいかわいいデザインを完成させていました。

 “木”をテーマにパッケージをデザインした学生は、3日間学校の工房にこもりっきりで切り株をくり抜く作業をしていたようでした。また別の学生は、時間ギリギリまで作品の作り込みをしていたり。それぞれが、本当にそれぞれの思いでそれぞれの方向性の作品を仕上げていました。

 いよいよみんなの前で発表を行う、プレゼンテーションのときがきました。

 しっかり考えてきただけあって、みんな自信がありそうです。彼女たちには、僕は「作品のクオリティはどうでもよい」と言ってきました。スキルを学んでいない彼女たちに期待するべきではないと考えているからです。それよりもオリジナルなアイデアであることと、モノ作りを楽しむことを徹底するように言ってきました。

 結果、いろいろなプレゼンが展開されました。手法も自由、表現も自由。ケーキのパッケージをデザインしてきた学生は、中身のケーキも自作してきて、みんなに取り分けて振る舞うというプレゼンをしてくれました。

 デザインしたパッケージと、ファッションをコーディネートしてきた学生もいました。部屋の照明を消してライティングをして演出した学生もいましたし、香を炊いて香りの演出をする学生もいました。

 プレゼン自体にシナリオを書いて、セリフで語りかけてくれたプレゼンもありました。シナリオがあまりに良くできているので、最後まで実話だとだまされてしまうくらいに完成度の高いプレゼンでした。

 しまいには、パッケージを作る課題なのにパッケージもプレゼンシートもなく、OHP投影のみでイメージをしっかり伝えきった学生などは、もう僕の発想を大きく超えて感心させられまくりの体験でした。

 だってそうですよね、作品作りの課題に作品がないなんてあり得ない。でもしっかりプレゼンが成立している(笑)。文章にするとまるで禅問答のようなこの事実。

 このままこの授業のレベルに留めておくにはもったいない。それこそミラノサローネあたりで発表したくなるようなアイデアがいくつもありました。これについては、本気で僕はどこかで発表の機会が持てないものかと画策していたりします。

彼女たちに教えられた「ポジティブ」「好奇心」という姿勢の大切さ

「ガラスのネックレスパッケージ」シリンダー型のガラスケースにヒビを入れて、そのヒビに下からライトアップしてきれいに魅せたいと、当初からイメージが明確だった作品です。貴金属の光とガラスのヒビの光が面白い表情を見せてくれることを予感させます。試作は市販のグラスですが、実際には円筒形のパッケージをイメージしており、さらに店頭展開でのイメージやキャンペーンインスタレーション のイメージまでも出来上がってしまった秀作。実際にジュエリーブランドで採用してもらいたいくらいです

 今回の授業の最初に「モノ作りの仕事がしたい人?」という僕の問いに答えたのは20人中5名弱でしたが、プレゼンを無事に終えてみると8割以上の学生がモノ作りをしてみたい、あるいは興味を持ち始めたと言ってくれました。

 真剣にモノを作ることを目的に動いた1週間。彼女たちにとって新鮮に感じたのかもしれませんし、目的が明快だったことも集中力を発揮させてくれたのかもしれません。

 これは授業に参加した全員、一人残らず全員に言えることですけど、モノ作りが楽しいことだと実感しただけでなく、ときには苦しみも伴うものであり、そしてそれを超えたときには想像を遥かに超える達成感が味わえるのだということを……。

 気持ちがポジティブでさえあれば、好奇心を常に意識して取り組んでいれば、発想や可能性を無限大に広げてくれるのだと気付いたと思うのです。何を隠そう僕自身が、そのことをとても強く彼女たちに教えられた気がします。

 モノを作ることの素晴らしさを共有したい、という思いで始めた今回の授業でしたが、「モノ作りを通じてヒト作りを立派にできていたのかもしれないな」、そんなふうに感じさせてくれた授業となりました。

 授業に参加した20名の学生さん。本当にお疲れさまでした。そして、どうもありがとうございました。

 みなさんの中にも発想力を待っている人たちが、きっといるはずです。たくさんいろいろな経験をして、好奇心を働かせて世の中を明るく面白いものにしていってください。

 最後に、授業を手伝ってくれた助手の方、それからそもそも今回の御縁を作ってくださった先生、この場を御借りして御礼申し上げます。

 また、最後まで読んでくれたみなさん、どうもありがとうございました。

PROFILE 小牟田啓博(こむたよしひろ)

1991年カシオ計算機デザインセンター入社。2001年KDDIに移籍し、「au design project」を立ち上げ、デザインディレクションを通じて同社の携帯電話事業に貢献。2006年幅広い領域に対するデザイン・ブランドコンサルティングの実現を目指してKom&Co.を設立。日々の出来事をつづったブログ小牟田啓博の「日々是好日」も公開中。国立京都工芸繊維大学特任准教授。


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