打てる手を打て、知恵を絞りぬけ――夏野氏、“曲がり角の携帯業界”にエール

» 2008年12月12日 23時28分 公開
[小山安博,ITmedia]
Photo 慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科 特別招聘教授の夏野剛氏

 「一言で言えば今年から携帯電話業界は大きく変わった」――。慶応義塾大学で特別招聘教授を務める夏野剛氏は、モバイルマーケティングソリューション協議会が主催したセミナーの講演で、携帯業界に大きな転機が訪れていることを強調した。

 これは、携帯電話市場が成熟期に入り、これまでのビジネスモデルが通用しなくなったことが大きな理由だ。

 日本市場で携帯電話が普及するきっかけをつくったのは「現在、悪者扱いされている」(夏野氏)インセンティブ(販売奨励金)モデルの導入だった。このモデルは、通信キャリアが奨励金を出すことで端末の価格を割り引くというもの。端末は安い価格で提供できるが、その分は通話料や通話料に上乗せされる。携帯電話を使い始める際の負担が少なくなるので、高い端末料金を払えない若者などを中心に一気に広まった。

 携帯電話にインターネット機能が搭載されたことでコンテンツ市場も急成長し、2000年頃には「ITインフラとして一気に普及していった」(同)

 iモードの普及でコンテンツ市場が急速に拡大し、コンテンツの利便性を高めるよう端末側の機能も加速度的に進化したことから、それまで「IT大後進国だった」(同)日本が、「2001年ころにはモバイルインターネットで大先進国になった」と夏野氏は振り返る。

Photo ドコモ時代から夏野氏が使っていたスライド。携帯普及の3つの波を牽引したのはインセンティブモデルによる端末の広がりだった

 端末を安く売ることで普及を促し、新サービスを次々と投入。携帯電話は今日、生活に欠かせないインフラのツールへと成長した。「わずか10年前には夢だったことが、携帯であらかた実現している。この10年間の携帯の進化は奇跡的」(夏野氏)

 このように、日本で劇的な進化を遂げた携帯電話だが、欧米ではおサイフケータイやGPS、防水、指紋認証などのサービスや機能は広く普及しておらず「ほとんど実現されていない」(同)のが現状だ。サービスを利用できる環境やコンテンツの豊富さ、モバイルマーケティングなどを見ても、欧米は日本のレベルにまでは達しておらず、夏野氏は「十分に威張っていいこと」(同)と携帯業界の取り組みを称える。

 日本の携帯電話は、高機能ながら日本独自の仕様が多く、しばしば「ガラパゴス」に例えられるが、夏野氏は「日本でしか利用できない点はガラパゴスと言われても仕方がない」ものの、日本の携帯が「ガラパゴスといわれるぐらい進化している」ため、海外の携帯メーカーが国内から撤退するほど「歯が立たない」という側面もあると指摘する。その証拠に、「海外の携帯関係者に会うと、多くが日本の携帯業界に注目している」(同)という。

2008年、通信キャリアは「主役の座から下りた」

 携帯電話市場が成長期から成熟期へと移行する中、2008年はその影響が表面化した1年となった。

 各キャリアが新たに導入した販売モデルが買い替えサイクルの長期化を招き、“端末を普及させ、サービスで儲ける”というビジネスモデルが崩壊したことから「通信事業者はローリスク、ローリターンのビジネスになった」というのが夏野氏の見方だ。

 コンテンツ市場についても、これまでのような右肩上がりの成長は“成長期の市場ならでは”のモデルであり、成熟期に入った今後は、キャリアの新サービスの導入が爆発的な利益をもたらすとは考えにくいと指摘する。

 キャリアと端末メーカーのWin-Win関係が崩れたのも2008年の大きなトピックだ。これまでは一定規模の端末販売が見込めたことに加え、キャリアが開発コストや在庫リスクを引き受けるなど、「メーカーには少し優しい、日本流のバランスでWin-Winだった」(夏野氏)

 ところがこのバランスが崩れ、キャリア側がリスクを取らなくなっただけでなく、調達台数も減らしてきている。端末価格の値下げ圧力も強まり、「開発リスクはメーカーに移行せざるを得ない」(同)状況となっている。

 こうした中、キャリアとメーカーは今後、どのような形でWin-Winの関係を構築するのか。夏野氏は「解は、海外にマーケットを求める方向になりそう」と予測。市場が拡大成長から縮小均衡へ、競争がサービスの差別化から料金へと変わったことで「主役の座からキャリアが下りた」(同)のが2008年だったと振り返った。

端末メーカーは「この2〜3年が勝負」

 今後、携帯業界はどうなるのか。夏野氏は、日本の端末メーカーにとって「ラストチャンスになる」と指摘する。欧米では携帯業界のインターネット化が急速に進展しており、それを主導するのが通信業界ではなく、PCやインターネット業界である点が特徴だと説明する。その例がAppleのiPhoneであり、GoogleのAndroidだ。

 このAndroidについて夏野氏は、「日本のOSにとって脅威ではない」という。Androidは、携帯のネット利用を促進し、自社サービスを広めたいというGoogleの意向から生まれた側面もある。しかし、日本ではすでに携帯電話を通じたインターネット利用が進み、Googleの各種サービスが利用できるというがその理由だ。「あるGoogleの関係者は、“日本にはAndroidはいらない”といっていた」(夏野氏)

 また、日本の端末メーカーは、家電やPCの開発も手がける総合メーカーが多く、海外の携帯電話専業メーカーが多い海外に比べて、さまざまなノウハウを組み合わせた高付加価値な端末を生み出せるのが強みになるという。

 最初のAndroid端末は、台湾HTCが製造したが、端末自体は「NokiaやEricssonに慣れている米国人にはすごいと思われているが、日本メーカーならもっと(すごいものが)できるだろう」(同)と話す。ただ、日本メーカーがこうした優位性を保てるのは、ここ2〜3年のうちだけとも述べ、「(携帯開発から)撤退する前に攻めることを考えるように」(夏野氏)とアドバイスした。

 キャリアとメーカーに関しては縮小均衡となると指摘する夏野氏も、コンテンツに関しては異なる見方を示し、中でもモバイル広告は今後さらに伸びると見る。広告業界は新しいメディアに進出するのが遅い「超保守的」(同)な業界だが、メディアの普及から数年遅れて成熟するため、携帯が成熟期に入った2008年以降、モバイル広告が本格化すると予測する。

 コンテンツ市場は、「去年(2007年)は180億円ぐらいだったのが、(2008年は)月額210億円になり、まだ衰えることなく伸びている」と、その可能性を認めながらも「携帯市場の拡大に便乗したラッキーベンチャードリームはもうない」(同)と言い切り、きちんとした経営戦略を持ち、本当に競争力のあるコンテンツを持ち、しっかりとマーケティング費用をかける会社が差別化され、生き残るという。

 2008年の携帯業界には明るい話題が少なかったが「どんなに閉塞感があっても、携帯電話はお客様に最も近い最高のツールだ」と夏野氏。生活に密着したユーザーに身近なツールだからこそ、その利点を生かしてコンテンツを生み出していくべきだという。「悲観論にひたるのではなく、打てる手を打ち、絞る知恵を絞れ」――それが夏野氏のメッセージだった。

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