これまで韓国では、国内で製造・販売される携帯電話に「WIPI」(Wireless Internet Platform for Interoperability:ウィーピー)という独自プラットフォームの搭載が義務づけられていた。
しかし2008年12月10日、韓国放送通信委員会はWIPIの搭載義務を解除すると発表した。先だって制定された「電気通信設備の相互接続基準」の改正案に基づいた判断であり、実際には2009年4月から解除される。それ以後、端末にWIPIを搭載するかしないかは、キャリアの判断に委ねられるわけだ。
義務化解除の理由について同委員会は、「最近のモバイルプラットフォームは、急速に汎用OSへと転換している。(WIPIの義務解除は)世界の通信市場に対応し、利用者の端末選択の範囲を拡大するため」と説明した。
標準プラットフォームとして期待されたWIPIは、2005年に搭載義務化がスタート。2008年9月末時点での普及率は、約86%に上っていた。しかし実際には、各キャリアの環境に特化した仕様の異なるWIPIが搭載されており、コンテンツプロバイダ(CP)は、キャリア別にコンテンツを作らなければならず、負担は大きかった。現在、キャリア間で互換性のあるコンテンツは全体の11%に過ぎないという。同委員会は、現状のままでは韓国のコンテンツ市場は活性化できないと判断したようだ。
さらに、WIPIの海外進出にもブレーキがかかっている。ケータイOSの世界市場ではSymbian OSなどのオープンプラットフォームがリードしており、「現在WIPIの海外進出は微々たる水準で、国際標準化の実現も難しいと予想される」(同委員会)という。韓国はWIPIを国内標準として普及させつつ、国際標準として海外のキャリアや端末メーカーに売り込んでいたが、その道のりは厳しいものだった。
WIPI搭載義務化の解除は、こうした現状を総合的に判断した結果といえるだろう。
搭載義務がなくなったWIPIは、果たして市場から姿を消してしまうのだろうか。
KTFの担当者は「2009年以降は、オープンプラットフォームを採用した端末が増えていくだろう。しかし、2009年末くらいまでは、まだWIPI端末が主流ではないだろうか。オープンプラットフォームは、市場環境やサービスの変化を見ながら搭載していく」とコメント。キャリアは、オープンOSが拡大する可能性を認めつつも、しばらくはWIPIが主流と見ているようだ。
というのも、韓国内にある携帯電話の約86%にWIPIが搭載されている点や、多くのコンテンツがWIPI向けに開発されている点、また「サーバなどさまざまな関連システムがWIPIに合わせて作られており、すぐに転換するのは難しい」(KTF)ということを考えれば、当然のことかもしれない。
中期的には、WIPIと複数のプラットフォームが混在することになるだろう。しかし「どんなプラットフォームを利用していようと、今提供されているWIPIコンテンツも円滑に提供できる環境を整備することが必要」(LG Telecom)という指摘があるように、ユーザーの利便性を維持することが課題となりそうだ。長期的に見れば、WIPIが生き残るための後ろ盾はなくなったといえる。多様な端末の提供に積極的な姿勢を見せるキャリアも、Windows MobileやSymbianといったOSへの関心は高い。
しかし一方では、WIPI 3.0という次世代規格の開発が進んでいる。WIPI3.0は、KTFのWIPI on Window MobileのようなOSに載る形で、OSの機能を補助・改善し、よりよい環境を提供できるという。現在、多く流通するWIPIコンテンツが、Windows Mobile上で利用できる。
WIPI 3.0は、第1段階として2009年内に開発され、第2段階として2011年までにさらなる性能向上が図られる予定だ。しかし、搭載義務化の解除という予想外の方針転換があったため、このロードマップがどこまで守られるのか確かではない。
開発が滞る原因はほかにもある。現場の開発者からはWIPI事務局に対し、「グラフィックやアニメーションライブラリが充実していない」「開発ツールのデバッガーが低機能」「キャリア別に拡張されたAPIのコーディングが複雑で混乱する」などの不満を訴えていた。しかし、コンテンツの開発側とプラットフォームの開発側のコミュニケーション不足もあってか事態はなかなか改善しておらず、停滞感は強まる一方だ。
また、携帯電話開発時のあらゆる決定権がキャリアにある点も影響している。たとえWIPIで実現可能な機能であっても、キャリアの都合で実装するかしないかが決められてしまうという。WIPI端末の開発時に出てくる細かな改善点を、キャリアとメーカー、プラットフォーム開発企業、CPで共有する仕組みができれば、WIPIが真の共通プラットフォームに近づくだろう。
WIPIの搭載が義務でなくなったことで考えられるのが、さまざまな海外端末の韓国進出だ。Appleの「iPhone」は韓国上陸が大いに期待されたものの、WIPIの搭載がネックになったのかいまだ発売されていない。そのほかにも、NokiaやSony Ericssonなど、世界的な企業によるメーカーの韓国進出にも期待がかかっている。
しかし韓国でスマートフォンは普及するのかは疑問だ。Samsung電子の「T*OMNIA」(ティーオムニア)のような大々的なプロモーションを行った端末を除けば、韓国で発売されたスマートフォンの反応はそれほど大きくないのが現状。というのも、端末デザインが韓国人好みではなく、ラインアップも限られること。使い慣れないユーザーインタフェース(UI)が不便に感じることや、スマートフォン向けのサービスが少ないことなどが挙げられる。
現在のところ韓国のスマートフォンは、発売時にちょっと話題になる程度の存在感しかない。需要をなかなか開拓できないのか、一定の固定ユーザーを作るまでには至っていない。現状を克服して普及されるには、ひと工夫が必要だ。
例えば、T*OMNIAとHTCの「Touch Dual」(タッチデュアル)は、同じWindows Mobile 6.1 Professionalを搭載するが市場の反応は段違いだ。T*OMNIAは、韓国で大ヒットした「Haptic」(ハプティック)と同じUIで高機能、かつSK Telecomのウィジェットサービスや音楽サービスが利用可能など、韓国ユーザーの心に響く仕様で話題をさらった。OS自体の利便性や機能性はもちろんだが、デザインやブランド、操作性などをアピールする工夫が韓国市場では特に重要なようだ。
先に出たTouch DualやT*OMNIAなど、話題のスマートフォンを積極的に導入してきたのはいずれもSK Telecomだ。同社はスマートフォン専用サービスである「My Smart」を提供するほか、「Linuxにも関心を持っている」と述べるなどオープンOSへの取り組みを強化している。メーカーとキャリアはもちろん、コンテンツを提供するCPなども協力すれば、スマートフォン市場を盛り上げていくことは可能だろう。
すべてのスマートフォンを韓国向けにカスタマイズするのは、メーカーとしても難しい。こうした点は、日本における海外携帯電話と似たような状況ではないかと思われる。だが、実際に端末を使うユーザーの視点になって問題点を克服すれば、スマートフォンが普及する可能性は高い。
さてWIPIは今後どうなるのか。共通プラットフォームとしてオープンOSと競争するにしろ共存するにしろ、存在価値を高めるための努力や進化は必要になるだろう。
規制に守られたことで「温室育ち」とやゆされたこともあるWIPIだが、機能改善が進めば市場での立ち位置はしっかりしたものになるだろう。1人立ちすることで環境が整えば、当初の目標でもあった海外進出なども現実味を帯びてくる。今回の搭載義務化撤廃は、WIPIがより発展するための大きなチャンスとも考えられる。
プログラマーを経た後、雑誌、ネットなどでITを中心に執筆するライターに転身。現在、韓国はソウルにて活動中で、韓国に関する記事も多々。弊誌「韓国携帯事情」だけでなく、IT以外にも経済や女性誌関連記事も執筆するほか翻訳も行っている。
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