2010年以降、ドコモは「スーパー3G(LTE)」への移行を始める。2009年は、その“次のインフラ”に臨む直前の年であり、モバイルブロードバンド時代の夜明け前になる。
ドコモはLTEにどのような姿勢で臨むのか。世界同時不況の中で、海外のオペレーターと連携することは可能なのか。また、LTE時代のアプリケーションやサービスはどうなるのか。
Mobile+Views新年特別編の最後は、来るべきLTE時代に向けたビジョンを、NTTドコモ 代表取締役副社長である辻村清行氏に聞いていく。
── 2009年は、いよいよ「次のインフラ」の姿が見え始めてきます。モバイルブロードバンド時代の幕開けといっていい時期です。ドコモは次のインフラとして「スーパー3G」を推進してきましたが、現状と今後の計画についてお聞かせください。
辻村氏 今後のインフラ高速化計画ですが、まず2009年度はHSPAを展開します。これにより上り回線速度を5〜6Mbpsにします。LTEは、2010年度後半に投入する予定です。
インフラの進化においては、我々がグローバル市場よりも先に行きすぎないことにも留意しています。初期のFOMAを展開する時に、世界の流れより早く導入しすぎたことで、(3GPPの)標準化のバージョンが違うことで苦労しました。ですから、LTEでは標準化やグローバル市場の動きと連携して、インターオペラビリティ(相互運用性)を重視していきます。
世界的な大手オペレーターと歩調を合わせながら、「先頭集団の1人」としてドコモのLTEを始めたいと思っています。具体的には、その時期は2010年末から2011年初頭になるでしょう。おそらく最初の端末はデータ通信端末になります。ノートPCやNetbookなどで使うデータ通信端末を出した上で、2011年に携帯電話型が登場するというシナリオです。
── 次世代インフラの展開では、コストとリスクを下げる上でも、グローバル市場との共同歩調が重要になります。しかし、ここで1つ懸念されるのが、2008年後半からの世界的な不況です。ドコモは(不況の)直接的なダメージをほとんど受けていませんが、現在の景況悪化が海外オペレーターのLTEへの投資意欲を削ぐことは考えられないのでしょうか。
辻村氏 欧州のオペレーターとは継続して話をしていますが、LTEが今回の景況悪化の影響で遅れることはないと見ています。
実はそこで大きな要因となりそうなのが、北米市場の情勢です。(米国の)オバマ新政権がホワイトハウスにCTO(最高技術責任者:Chief Technology Officer)を置くと表明しています。さらにオバマ陣営の政権移行チームはさまざまな経済刺激策を発表していますが、この中にインターネット分野の強化とブローバンド化の推進が入っています。これは私見なのですが、ちょうど(クリントン政権時代の)アルバート・ゴア氏が「情報スーパーハイウェイ」や「NII(National Information Infrastructure:全米情報基盤)構想」を立ち上げたように、今度は景気刺激のパッケージとして(ブロードバンド化の推進を)投入してくる可能性があるのです。私は、もし米国がそれをやったら、動きは速いと思うのですよ。
── ゴア氏が情報スーパーハイウェイ構想を推進した1993年は、ブロードバンドといえば「固定通信網」が主役という時代でした。しかし、2009年を迎えた今、ブロードバンドの軸足は「モバイル」に移ってきています。つまり、北米で「モバイル版 情報スーパーハイウェイ」が政策プランの1つとして盛り込まれるシナリオもあり得る、ということですか。
辻村氏 そうです。米国はこれまでFTTHの浸透やモバイル通信インフラの高速化では、世界をリードをしているとは言い難い状況でした。しかし、仮にオバマ新政権が、フランクリン・ルーズベルト大統領時代のニューディール政策のように、政策の1つとして通信インフラの強化を取り上げたら、その進展はかなり早いでしょう。そして、そのときにはモバイル通信の(投資)比重は大きくなるでしょう。そういったシナリオの可能性が出てきているのです。
── なるほど。オバマ氏は大統領選の中でも「米自動車産業を救済せよ」と強く訴えるなど、政府による経済への介入に積極的な姿勢を見せていました。(General Motors、Ford、Chryslerの)ビッグ3の救済措置は世論の反発で難航していますが、一方で環境関連事業に今後10年間で1500億ドルの予算投入を表明するなど、新規事業創出に前向きな経済政策パッケージを準備しています。仮に新政権の経済政策に、北米市場のモバイル通信インフラ整備が盛り込まれたら、その影響は大きくなりそうです。
辻村氏 私は米国が、これまでよりも積極的にモバイル通信インフラ整備に動き出す可能性があると考えています。そして、米国が(LTE整備に)動き出せば、確実に欧州も動きますよ。ですから、ことモバイル通信の分野で見ますと、不況が原因でLTEのグローバル展開が遅行するといったシナリオはあまりないんじゃないか、と考えています。むしろネガティブではなく、ポジティブに動く要因となる可能性すらあるのです。
また、アプリケーション分野で見ましても、オバマ新政権では「医療」に力を入れると表明しています。その中には「情報化された医療」という項目があって、ここでは当然ながら、モバイル通信インフラの活用が重要になります。すでにドコモでも着手していますが、モバイルブロードバンドでつながったケータイというのは、今後のヘルスケアのサービスやビジネスで不可欠のものになるのです。
── なるほど。では、アジア圏でのLTE普及の可能性はいかがでしょうか。ドコモは昨年、インドのタタグループ傘下のTata Teleservices(TTSL)に出資するなど、アジア圏でのプレゼンスも高めていますね。
辻村氏 アジアを見る上では、大きく2つ(のグループ)に分けて考える必要があります。
1つは韓国、台湾、シンガポールのように今でもブロードバンド環境が普及しているところです。こういった地域では早期にLTE採用に動くと考えられます。その普及・拡大シナリオも、日本市場と同調的になるでしょう。日本との連動性は高いと見ています。
また私は、中国もLTEの展開が早い可能性があるのではないかと考えています。中国は現行の3G(TD-SCDMA)の展開が遅れていますが、一方で、「現行3GをスキップしてLTEの早期展開に動く」シナリオがありえます。3Gを飛び越すとまで言うと大げさですが、我々(日本のキャリア)は2001年から2008年までを3G期間として過ごしましたが、中国はもっと短期間で3G時代を終えてLTEに投資し、日本や韓国のキャッチアップを図るという可能性があります。
その一方で、もう1つのグループになるのが、我々が出資したインドやインドネシア、バングラデシュやマレーシアなどです。こういった地域はまだ3Gが展開されておらず、GSMの世界です。そこでどういったモバイルアプリケーションが求められるかは、(日本やほかのアジア諸国とは)別の発想が必要ではないかと思うのです。
── 確かにインドやインドネシアはインターネットサービスそのものが黎明期にあります。しかし、BOP(ボトム・オブ・ザ・ピラミッド)の中産階級への成長期待まで含めると、潜在的な市場規模は大きいですね。例えば、スズキやホンダ(本田技研工業)は、この流れをつかんでインド市場で成功しています。
辻村氏 ええ、ネクスト・ビリオン(次なる10億人)市場では、これから3Gが入ってくるのです。ここでのモバイルインターネットやモバイルマルチメディアの在り方というのは、日本や韓国、台湾でのこれまでの在り方とは違ってくるでしょう。
ですから、ドコモ(の戦略)としては、アジアの先進各国で起こるLTE展開と共同歩調を取りながら、合わせてインドなどネクスト・ビリオン市場での取り組みを行っていきます。ネクスト・ビリオン市場はこれまでの日本とは異なる普及シナリオになると思いますが、一度(モバイルインターネットやモバイルマルチメディアの)アプリケーションの需要が創出されれば、一気に3GやLTEが広がる可能性があります。
── ネクスト・ビリオン市場は、インターネットやメディアの成熟度が低いですから、そういう意味では“モバイル”の新しいサービスが、古いメディアやビジネスモデルと競合しにくい。日本市場のような段階的な進化ではなく、(サービスやアプリケーションが)「順番とばし」で普及していくことも考えられますね。
辻村氏 そうです、順番とばしは考えられます。ネクスト・ビリオン市場の経済感覚や利用環境に適したサービスやメディアとなれば、(3GやLTEが)一気に花開く可能性がある。ですから、日本がたどった順番通りに、インドなど新市場でモバイルマルチメディアのサービスやビジネスを展開していく必要はないのですよ。
昨年のタタ・グループへの出資・提携では、そうしたモバイルマルチメディアやLTE時代のシナリオも含めて一緒に議論していきましょうと(タタ側とは)話しています。日本のビジネスモデルをそのまま海外展開するのではなく、我々がこの10年で蓄積した技術やノウハウを「要素」として分解した上で、海外(の地域市場)にあった形で組み立てなおします。LTE時代をにらんで、こういった取り組みも戦略的に行っていきます。
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