HPのwebOS撤退が示すこと――世界シェア1位のPCをなぜ切り離そうとするのか本田雅一のクロスオーバーデジタル(1/2 ページ)

» 2011年08月22日 15時30分 公開
[本田雅一,ITmedia]
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ハードウェアから、ソフトウェアとサービスへ軸足を移すHP

米HPが米Palmの買収によって手に入れたwebOSだが、搭載端末の開発は早くも打ち切られることとなった

 米Hewlett-Packard(HP)による発表が、さまざまな話題を引き起こしている。ご存じの通り、HPは8月18日(現地時間)に英Autonomyの買収交渉、PC事業切り離しの検討、そして昨年(2010年)購入したばかりの米PalmがもたらしたHP webOS端末事業の閉鎖と、大きく分けて3つの発表を行った。

 この3つの案件が示しているのは、HPが業績を向上させていく上での足かせとなるハードウェア事業を切り離し、企業向けのソフトウェアとサービスを軸とした事業へと軸足を移すということだ。

 HPの前CEOであるマーク・ハード氏は2010年、パーソナル製品事業を強化する方針を打ち出し、その目玉として米Palmを買収した。その後、HPのCEOは元SAPのレオ・アポテカー氏が2010年10月に就任。当初はパーソナル製品事業に対する従来姿勢を追認する考えを示していた。しかし、結果的にはわずか1年でその方針を転換したことになる(ただし、PC事業のスピンアウトは検討段階ではあるが、決定事項ではない)。

 この話の切り口はいくつもあり、視点によって見え方が変わってくる、まずは、HPのパーソナル・システム・グループ(PSG)の背景を整理しよう。

 HPにとってPSGの売り上げは、全キャッシュフローの3分の1近くを占めるという。また、HPは大手の企業顧客に対して、サーバ、通信、ソフトウェア、プリンタなども含めたトータルソリューションの提供を売りにしてきただけに、実際に切り離すとなると、単純にPSGの売り上げ減少以上の影響が出ると考えられる。

 それでも切り離しに言及するということは、それ相応の理由があると考えるべきだ。

 実際に切り離すとなれば、米IBMがPC事業をLenovoに売却したときと同様、スピンアウト後の移行期間を設けるか、あるいは分社化しての事業継続になるだろうが、HPの特徴の1つは徐々に失われ、大手企業向けのシステムソリューションを提供する企業になっていくというのが、HPに関する衆目の一致した予測だと思う。

 急速な景気減速の中にあっても、株主に成長軌道を示さなければならないとするならば、抱えるリスクが大きい割に大きな成長を望めないPC事業は、最も遠ざけたい事業部門と言える。むしろ、ここ数年、HPがパーソナル・コンピューティングへと傾倒していたことのほうが、IT業界関係者の目には奇異に映っていたかもしれない。

 しかし、HPのPC事業は低成長ではあったが、不調だったわけではない。確かに製品単価の大幅な下落は問題だが、一時のスランプを脱し、世界トップシェアを維持している。現状、PSGはHPのお荷物どころか大きな柱の1つだ。2010年のPalm買収も、PSGを今後も事業の柱として投資を継続し、強化していくことを示唆したものだった。

 筆者自身も2010年、HPによるPalmの買収を高く評価していた。Palm買収により、他社に依存しない情報端末のOSを持つことが、スマートフォンと、それを前提としたクラウドベースのアプリケーション環境の中で、HPの独自性を引き出せる唯一の方法だと思えたからだ。

 HPはPalmの買収により得たwebOSを、2012年にはHP製のすべてのPCで採用する計画だった(当時、具体的な方法までは言及されていなかったが、Windowsを動かさないという話ではなく、両方を切り替える、あるいはWindows上でwebOSの世界とつながるといった意味で捉えたほうがいいだろう)。この方法が成功すれば、スマートフォン、タブレット、PCという、3種類の情報端末を1つのプラットフォームでカバーできる(加えて、プリンタなど個人が扱う機器全般にも採用する見込みだった)。

2011年7月1日に米国で発売されたwebOS搭載タブレット「HP TouchPad」

 webOSの入手と、その後のタブレット端末「HP TouchPad」発売に関して、HPがアップルの戦略をトレースしているとの見方もあったが、むしろマイクロソフトのSilverlightとクラウドを巡る戦略に近い。

 エンタープライズの中核からパーソナル製品(消費者向け製品という意味ではなく、ビジネス向けも含めて個人が使う最も身近な端末という意味でのパーソナル製品)までをwebOSで結びつけ、そこにパブリック、プライベート双方のクラウドを組み合わせたアプリケーションを載せていけば、企業向けのソリューション提供でもwebOSを活用していける。

 ところが、その前段階としてのコンシューマー市場へのwebOSの売り込みはあまりうまく行っていなかった。米国における2011年7月1日のTouchPad販売開始前に、すでにHP社内からは否定的なムードがあったという。それに追い打ちをかけて、発売直後の不振や世界的な景気後退に伴う事業見直しなどが重なった。PSGの切り離し検討は、HPのPC事業の健全性が問題なのではなく、パーソナル製品の今後の成長戦略の軸となっていたwebOSを切り離す時点で、事業戦略の軸を失ったからというのがその理由ではないだろうか。

 webOSに関しては、組み込まれている各種機能が連動し、クラウド型サービスとの統合度も高く、情報を指先で操るように使える優れたOSであることは、使ったことがある人ならば分かるだろう。webOSは死に体だったPalmを一時的とはいえ、生き返らせる強力なものだった。

 ところがHP関係者によると、言語の国際化を考慮して開発されていたものの、入力メソッドの国際化などが困難で、OS本体も標準アプリケーションや内部データベースの連動性が高い半面、カスタマイズしにくいものだったと聞いている。

 すなわち、webOSを世界展開して3つのプラットフォームに最適化するには時間とコストが予想以上にかかると判明してきたのだが、それだけであきらめたわけではない。また、webOSを搭載したスマートフォンのシェアは、この1年で半分近くにまで下がったという。シェアの数値はAndroid勢が圧倒的な機種数で店頭を席巻していることを考えれば、不思議ではない。ここまでの話でも、webOS事業閉鎖には至らなかったはずだ。

 ところが、さらに追い打ちをかけてTouchPadの売り上げ不振は深刻だった。多少、売れない程度ならば、事業の継続性を問う事態にはならなかっただろう。すでに発売までに積み上げたHPの掛け金は大きかったからだ。

米Best Buyのオンラインストアで99米ドルで販売され、売切れとなっているTouchPad(2011年8月22日現在)

 TouchPadは米Best Buyへの初期出荷27万台のうち、最初の1カ月で販売できたのはわずか2万台(2万5000台との説もある)との報道が複数あった。そのどれもがBest BuyがHPに在庫買い取りを求められている、との結びで伝えられている。

 当然、他流通での販売も不振であることが予想されるが、流通側がwebOS搭載製品の販売から距離を置き始めたのであれば、今後の開発を続けても事業継続は難しいと考えたのかもしれない。

 ディスプレイサーチのアナリスト氷室英利氏は、TouchPadに使われている9.7型の液晶ディスプレイのHP向け納品は50万〜52万台で打ち切りとなっており、そのうち40万台程度が生産されたのではないかと分析している。すでにBest Buyのオンラインストアでは、TouchPadが99ドルのバーゲン価格となり、店頭在庫を除いて売り切れとなっている。残る在庫はHPに返品された可能性が高い。

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