ITmedia Mobile 20周年特集

間もなく合併して新会社に ウィルコムとイー・モバイルの足跡を振り返る佐野正弘のスマホビジネス文化論(2/3 ページ)

» 2014年05月20日 11時00分 公開
[佐野正弘ITmedia]

「100円PC」と「Wi-Fi」で急拡大したイー・モバイル

 一方のイー・アクセスは、元々は1999年にADSLの卸売事業をするために設立された企業だ。ブロードバンド需要の高まりで急速に事業を拡大し、2004年には東証一部上場を果たすものの、ADSLからFTTHへの移行で先行きが不透明となってきていた。そこで新しい事業展開を模索するべく、2005年にモバイルブロードバンド事業の企画会社「イー・モバイル」を設立。総務省が新規参入事業者に向け割り当てを進めていた1.7GHz帯の獲得に名乗りを上げたのである。

 そのイー・モバイルは2005年に電波の割り当て認定を受け、2007年に携帯電話事業への参入を果たす。元々データ通信を重視する方針をとっていたのに加え、サービス開始直後はエリア整備が狭く、端末調達力が弱いこともあって、当初提供されたのは3G(HSDPA)による下り3.6Mbpsのデータ通信サービス「EMモバイルブロードバンド」のみ。端末もシャープ製の情報通信端末「EM・ONE」を除けば全てPCに接続するタイプのデータ通信専用モデルであった。

 だがそれでも、当時モバイルでの定額データ通信を実現しているのは、通信速度が1Mbpsに満たないウィルコムくらいであったことから、モバイルで高速なデータ通信を求める層から高い支持を獲得し、会員数を伸ばしていった。

photophoto サービス開始当初のイー・モバイルはデータ通信のみを提供。端末もコンパクトフラッシュ型のD01NX(ネットインデックス製)など、PCに接続するタイプが主流だった(写真=左)。ネットブックブーム以前はスマートフォンの投入にも積極的で「Touch Diamond」は同社としてはヒットモデルとなった(写真=右)

 ちなみに音声通話サービスの開始は2008年2月。当初は利用可能なエリアが十分でなかったことから、2010年までは多くの都道府県で、ドコモの回線によるローミングを使用していた。またWindows Mobileを搭載したスマートフォンの投入にも積極的で、QWERTYキーボードを備えた「EMONSTER」(S11HT)や、タッチ操作に力を入れた「Touch Diamond」(S21HT)など、HTC製スマートフォンを多数販売している。

 だがイー・モバイルの成長を急加速させたのは、2008年頃に人気となった低価格のモバイルノートPC、いわゆる“ネットブック”である。このネットブックと、イー・モバイルのデータ通信端末のセットによる値引き販売による「100円PC」が好評を呼び、イー・モバイルは急速に契約数を伸ばしていったのである。一方で、その影響からスマートフォンへの取り組みは急速にしぼむこととなり、同社からのスマートフォン再登場は2010年の「HTC Aria」(S31HT)を待つこととなる。

photo ネットブックブーム後にイー・モバイルの成長を支えた、モバイルWi-Fiルーターの「Pocket WiFi」。写真はD25HW(Huawei製)

 そしてもう1つ、イー・モバイルの成長に貢献したのが2009年11月に登場したモバイルWi-Fiルーター「Pocket WiFi」シリーズである。3G回線からWi-Fiを経由してPCやゲーム機などさまざまなデバイスをインターネットに接続できるPocket Wi-Fiは、Wi-Fiデバイスの拡大とともに人気を拡大。ネットブックブームが落ち着いた後の同社の成長を支える存在となった。

高速化にいち早く取り組むも資金繰りに苦労、買収に至る

 イー・モバイルはインフラ面でも、他社に先駆けてデータ通信の高速化を実現している。2009年にはHSPA+による下り最大21Mbps化を実現し、2010年にはDC-HSDPAによる下り最大42Mbpsの「EMOBILE G4」をサービス開始。HSPA+やDC-HSDPAは、LTE導入前の“つなぎ”の技術ともいわれているが、データ通信に強みを持ち、かつドコモなどの大きな資本を持つキャリアと戦う上では、他社に先駆けて高速化を実現することが戦略上重要な意味を持っていたといえる。

photophoto イー・モバイルは国内で最も早く、DC-HSDPAで下り最大42Mbpsの通信速度を実現する「D41HW」(ファーウェイ製)を投入。データ通信の高速化には積極的に取り組んでいた

 2011年にはイー・モバイルを親会社のイー・アクセスが吸収し、イー・モバイルはイー・アクセスのモバイル事業のブランドとなる。ちなみにこの頃になると、データ通信端末だけでなくスマートフォンやタブレットにも力を入れるようになり、“通話ができるPocket WiFi”として売り出されたファーウェイ製「Pocket WiFi S」(S31HW)や、ソニー・エリクソン(現ソニーモバイルコミュニケーションズ)製の超小型スマホ「Sony Ericsson mini」(S51SE)など、ユニークな端末をいくつか投入している。

photophoto ローエンドのスマートフォンを「Pocket WiFi S」として投入したり、超小型の「Sony Ericsson mini」を投入するなど、スマートフォンではユニークな取り組みを多く見せた

 そして同社に大きな変化が起きたのは2012年。この年の3月、イー・アクセスは国内ではNTTドコモに次いで、LTEによる高速通信サービス「EMOBILE LTE」を開始。さらに2015年には全国のエリアカバー率99%を達成し、国内のシェア10%を獲得するメインストリームキャリアになることを目指すとという、中期ビジョンを発表したのだ。

 だがイー・アクセスは、そうしたビジョンを打ち出す裏で、競争力を高めるためのインフラ整備などに必要な資金繰りに苦労しており、スポンサーを探していたと言われている。同年9月には、楽天と合弁会社「楽天イー・モバイル」を設立、「楽天スーパーWi-Fi」を提供しているが、このことも楽天とイー・アクセスが接近する動きとして、注目を集めていた。

photo ドコモに次いでLTEのサービスを提供するなど事業拡大を続ける一方、資金繰りには苦労していたとみられる

 しかし、イー・アクセスの買収により大きな関心を示していたのは、KDDIとソフトバンクであったとされている。両社は当時、iPhoneのLTE対応で激しく争っていたが、イー・アクセスが持つ1.7GHz帯に着目。買収に向け水面下での交渉がなされていたようだ。というのも、iPhone 5のLTE通信が標準でこの帯域をサポートしているため、自社のiPhoneトラフィックを流せる1.7GHz帯を欲していた。

 その結果、2012年10月にイー・アクセスを完全子会社化すると発表したのがソフトバンクである。ソフトバンクは同時期に米国の通信事業社Sprintの買収も発表しており、国内外で相次いで大型買収を実施して大きな話題となった。その後、2013年1月にイー・アクセスはソフトバンクの子会社となったが、さまざまな経緯から現在はソフトバンクの持分法適用関連会社となっている。

 実質的にソフトバンク傘下となったイー・アクセスは、月額3880円で利用できることが話題となった同社初のおサイフケータイ対応スマートフォン「STREAM X」(GL07S)、そしてGoogleブランドの「NEXUS 5」を積極的に販売するなど、スマートフォンに力を入れるソフトバンクの方針に沿ったビジネスを進めるようになった。

 一方で、ソフトバンクモバイルの「倍速ダブルLTE」化によって1.7GHz帯のLTE帯域を拡大するため、2013年6月にはEMOBILE G4の帯域が半分となって速度が半分に低下するなど、既存ユーザーに少なからず影響を与えている部分もあるようだ。

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